オグリの里

 ラストランでの有馬記念制覇をたたえる伝説のオグリコールから四半世紀。2010年の永眠後も、全国の競馬ファンが選ぶJRA「未来に語り継ぎたい名馬」のベスト3にランクされるなど、輝きを増し続けるオグリキャップ。名馬、名手の里・笠松競馬からJRA入りして快進撃を続け、地方と中央の垣根を超越した走りでファンの心をつかんだ。地方・中央の人馬交流の懸け橋となった功績を広く顕彰するとともに、その魅力を皆さんと語り継ぎたい。

「職業 競走馬」だったキャップ

写真:2005年、笠松競馬復興の救世主として里帰りしたオグリキャップに「お帰り」と声を掛け、笑顔を見せる初代馬主の小栗孝一さん

2005年、笠松競馬復興の救世主として里帰りしたオグリキャップに「お帰り」と声を掛け、笑顔を見せる初代馬主の小栗孝一さん

 「職業 競走馬」という格好いい響き。笠松から中央へと、大きな格差と厚かったはずの壁を、口笛を吹きながら?淡々と駆け抜けたオグリキャップ。その名馬の仕事の流儀に迫ったNHK「プロフェッショナル」。スポーツ心臓や「ONとOFF」の切り替えなど幅広い視点で、競走馬の「プロのアスリート」としての魅力が伝えられた。オグリキャップファンの多さが再認識でき、若い世代や普段は競馬をやらない人からの反響も大きかった。

 全編を通じて、初代馬主・小栗孝一さんのキャップへの愛情があふれていた。妻の秀子さんや長女の勝代さんから、小栗さんの生い立ちや愛馬を手放した複雑な思いを聞くことができた。

 血統は二流とされたが、「笠松で、1600bまでよく走る馬を」と、父ダンシングキャップに母ホワイトナルビーの子を望んだ小栗さん。この配合での決断があったからこそ、キャップというスーパーホースが誕生した。中央入り後も「自分のオグリの名前が残ってくれただけでもうれしい」と、キャップが出走するレースは全て競馬場に足を運んだ。ラストラン前には「これでは、終わらない」と愛馬を信じ、1着でのゴールとオグリコールに「ありがとう」の一言。時を超えて、天国に旅立った人馬は再会を果たしたに違いない。(続きを読む...)

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筆者プロフィール

【ハヤヒデ】
80年代から笠松競馬を愛し、オグリキャップの走りに感動した競馬ファンの一人。岐阜新聞社に勤務。