オグリの里

笠松にダートグレード競走復活を願う オグリキャップ記念はGUだった

写真:笠松競馬内のオグリキャップ記念像。かつてGUレースだった「オグリキャップ記念」のダートグレード復活を待っている

笠松競馬内のオグリキャップ記念像。かつてGUレースだった「オグリキャップ記念」のダートグレード復活を待っている

 笠松競馬永続の守り神「オグリキャップ記念像」も寂しい思いをしているかも…。

 かつては「地方競馬の雄」と呼ばれ、オグリキャップやライデンリーダーらの名馬を生んできた笠松競馬だが、近年はレース体系の面で肩身の狭い思いをしている。現在、ダート競走を実施している全国12の地方競馬主催者のうち、岐阜県地方競馬組合(笠松競馬場)だけが、地方・中央交流重賞の「ダートグレード競走」を実施していないからだ。復興に向けた経営改善も進んでおり、地元ファンや競馬関係者の間では、GUレースから格下げされたまま開催されているオグリキャップ記念などのダートグレード復活を願う声も高まりそうだ。

 笠松競馬では2004年まで、GUのオグリキャップ記念とGVの全日本サラブレッドカップ(現在の笠松グランプリ)の2レースがダートグレード競走として開催されていた。看板レースでもあるオグリキャップ記念は、1992年に創設され、97年からはダートグレード競走格付け委員会が地方・中央統一の「GU」レースに格付けした。2004年までの8年間、ハカタビッグワンやミツアキタービンら笠松勢が3勝、ナリタホマレやカネツフルーヴらJRA勢が5勝と、地方と中央の強豪がしのぎを削ってきた。

 笠松競馬の経営が厳しくなった05年以降は、存続のための経費削減策として、オグリキャップ記念の賞金は4000万円から500万円に大幅カットされ、レースはGUから「東海・北陸・近畿地区交流」に格下げになった。JRA勢は参戦できなくなり、05年のオグリキャップ記念の馬券販売額は約7500万円で、前年の約1億6000万円から半減した。08年からは「地方全国交流」レースとなり、現在に至っている。

 ダートグレード競走は現在、笠松以外の全国11カ所の地方競馬場で年間計40レースが開催されている。東海・北陸地区の名古屋では名古屋グランプリ、名古屋大賞典、かきつばた記念の3レース、金沢では白山大賞典が開かれている。残念ながら、笠松では「休止」となって11年が経過した。

写真:雨の中、開催された今年のオグリキャップ記念。昨年秋に亡くなられた小栗孝一さんをしのぶレースにもなった

雨の中、開催された今年のオグリキャップ記念。昨年秋に亡くなられた小栗孝一さんをしのぶレースにもなった

 04年以来続いてきた存廃問題の後遺症がいまだに尾を引いているようだが、笠松でも売り上げ増の切り札である馬券のインターネット販売が好調だ。JRAの「地方競馬IPAT」をはじめ、「オッズパーク」「SPAT4」「競馬モール(楽天)」で馬券販売額の約6割を占め、笠松競馬の実質単年度収支は3年連続で黒字になるなど「V字回復」を果たしつつある。苦しい時代に耐えて、長かったトンネルも抜けたようで、笠松復興の先行きにようやく光が見えてきた。競馬場側もホッと一息をついている段階で、まずは老朽化したスタンドや厩舎などの施設整備に予算が投入されるが、「名馬、名手の里」としては、やはり強い地元馬を育てて、JRA馬との激突が楽しめるビッグレースで競馬場を盛り上げてほしいものだ。

 白熱した「走るドラマ」を期待するファンのためにも、オグリキャップ記念や笠松グランプリのダートグレード競走への復活を、そろそろ真剣に考えるべき時期に来ている。「地方競馬の聖地」としての宿命を背負ってきた笠松競馬だけに、主催者サイドによる早期の英断を期待したい。オグリキャップという日本競馬界最大のヒーローのブランド力を競馬場再興にもっと生かしていくべきだ。

 地方・中央の垣根を超越して激走したキャップと、初代馬主だった小栗孝一さんの供養のためにも、笠松の看板レース・オグリキャップ記念のダートグレード復活の日が待ち遠しい。

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ミーちゃん大好き / 2016.6.15
 何事にもあきらめないことが大事です。
精一杯やればどこかでいい流れに動きますよ。

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