オグリの里

7月3日はオグリキャップの命日

写真:天国に旅立ったオグリキャップ。笠松から中央へと駆け抜け、ラストランとなった有馬記念で劇的Vを飾った競走生活を振り返った記事=2010年7月4日付の岐阜新聞から

天国に旅立ったオグリキャップ。笠松から中央へと駆け抜け、ラストランとなった有馬記念で劇的Vを飾った競走生活を振り返った記事=2010年7月4日付の岐阜新聞から

 オグリキャップが天国に旅立ったのは、2010年7月3日。突然の悲報に、翌日の各スポーツ紙は1面で「オグリ死す」と大きく伝え、岐阜新聞も1面の準トップ、社会面とスポーツ面のトップでその死を悼んだ。スポーツ面に出稿したサイド記事を再録し、色あせることがないキャップの永遠の輝きを見つめ直したい。

 「オグリキャップ逝く 有馬記念で劇的V ラストラン、忘れぬ勇姿」(岐阜新聞・2010年7月4日付)

 笠松競馬が生んだ名馬オグリキャップが3日亡くなり、その勇姿はもう見られない。ラストランとなった有馬記念では、限界説を吹き飛ばす優勝を飾り、武豊騎手を背に場内を1周。中山競馬場に詰め掛けたファンらから送られた歓喜の「オグリコール」は、永遠の響きとして伝説ともなっている。

 笠松育ち。馬主・小栗孝一氏、調教師の鷲見昌勇氏の名コンビ。小栗氏の持ち馬にはすべて「オグリ」の冠名が付き、地元・笠松では「キャップ」とも呼ばれた。デビューは1987年5月、3歳新馬戦で2着だったが、地元で12戦10勝。東海地区では無敵だった。

 笠松で育ち、中央競馬移籍後の活躍も圧巻。芦毛の怪物とも呼ばれ、いきなり重賞6連勝。地方出身の「野武士」が中央のエリート馬を次々となぎ倒す姿は痛快そのもの。70年代、同じく地方出身のハイセイコーが巻き起こした競馬ブームを超えた。オグリの縫いぐるみを抱えた女性ファンが競馬場に押し掛け、熱い声援を送り、社会現象ともなった。

 同じ芦毛馬とは縁が深く、ライバルが多かった。笠松時代のマーチトウショウ(オグリに2度勝利)。中央入り後のタマモクロス(天皇賞・秋、ジャパンカップでオグリに先着)。「昭和最後の名勝負」と称された88年・有馬記念では、オグリが先輩・タマモクロスを破って見事に世代交代を果たした。

 平成に入っての5歳時・秋は、4カ月間に6レースに出走するハードな戦い。GUレースながらハナ差で制した毎日王冠は壮絶だった。ここからGT4レース。同じくハナ差優勝のマイルチャンピオンシップからは連闘でジャパンカップへ。ニュージーランドの、これまた芦毛馬・ホーリックスを猛追したが2着。過酷なローテーションで戦う姿は、当時・バブル時代に活躍した「企業戦士」にも例えられ、その悲壮感とともに頑張る姿は大きな共感を呼んだ。

 オグリ最大の魅力、それはレースを見る人に感動を与えたことにあった。馬でありながら、精神的にどこか人間に近い存在。その頑張って走る姿は、頭の位置が低く、ほかの馬より明らかに「低姿勢」。4歳時には、ゲートインで大きく体を揺すって「さあ走るぞ」と言わんばかりに武者震い。レースでは「オグリはゴール板の位置を知っていた」と言われたほどだった。安藤勝己、南井克巳、武豊ら名騎手の騎乗で、最後の直線でのゴーサインに鮮やかに応え、きっちり差し切りゴールインした。

 引退後、91年1月の笠松競馬場での引退式では、場内に入り切れないファンが木曽川堤防沿いにも押し寄せ、安藤騎手を背にコースを周回。岐阜県を全国にアピールした功績がたたえられ、県スポーツ栄誉賞にも輝いた。

 2005年4月のレース「オグリキャップ記念」では、経営難による存続問題で大揺れした笠松競馬場を救おうと、北海道から来場。その健在ぶりをファンに披露し、競馬場存続に大きく貢献した。

 競馬場内のオグリキャップ像は「笠松競馬は永遠なり」をアピールするシンボルである。大きな感動を与えてくれたオグリの疾走は、有馬記念や引退式でのオグリコールとともにファンの心に語り継がれていく。オグリキャップよ、ありがとう。

 ※今年はオグリキャップの七回忌法要が、7月3日午前11時から、北海道新冠町の優駿メモリアルパークで営まれます。全国のファンから感謝の花束などが届きそうです。

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ミーちゃん大好き / 2016.7.3
今日はオグリの命日だったんだと今更ながら知ることができました。初めて知ったのが中日スポーツの記事だった。そのときは涙が止まらなくなったのを覚えてる。さらに何年後にアンカツさんが現役引退したというのも意外とショックだった。オグリの現役を知らないけど笠松のスーパースターであるのと安藤兄弟、柴山ジョッキーも笠松の人だと知ることができた。今となってはかけがえのないスーパースターと誇りに思う。ネットケイバのサイトでもオグリの書き込みを絶えないのがうれしい。

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