オグリの里

「JRAへの扉」開いたアンカツさん

写真:地方から中央への道を切り開いた安藤勝己元騎手

地方から中央への道を切り開いた安藤勝己元騎手

 2003年、笠松の騎手だったアンカツさんが切り開いた「JRAへの扉」。その後も地方競馬の騎手が相次いでJRA入りし、大井から移籍した戸崎圭太騎手は2年連続リーディングで、今年もトップを快走している。JRAは、成績優秀な地方騎手に対して1次試験を免除する、いわゆる「アンカツルール」を適用した時期もあり、各地のトップジョッキー参入につながった。アンカツさんが先駆者となって、地方と中央の垣根が低くなったことは確かで、交流重賞レースなども盛んになった。

 中央のエリート馬を次々となぎ倒したオグリキャップの「笠松魂」は、人馬に脈々と受け継がれてきた。交流元年の1995年、アンカツさんは1番人気ライデンリーダーで挑んだ桜花賞で4着に敗れ、悔しさを味わった。「自分の経験不足だった。中央のGTを勝ちたい」との思いが強くなり、99年から02年の間は、笠松と中央を股に掛けた戦いを続けた。少々出遅れても慌てず、能力を信じて馬をよく動かした。アンカツ旋風は吹き荒れ、人気がない馬でも掲示板の上位をにぎわせて、4年間に「174」もの勝利を量産した。

写真:笠松競馬場でのオグリキャップ引退式で、騎乗する安藤勝己元騎手

笠松競馬場でのオグリキャップ引退式で、騎乗する安藤勝己元騎手

 99年9月には、地方騎手としては異例の「1日4勝」の固め打ちと、同じ日に神戸新聞杯でもフロンタルアタックで2着と大活躍。この年はレジェンドハンターでデイリー杯3歳Sを制するなど55勝を記録した。ただ、地方騎手が中央のレースに出るには、特別指定交流競走に笠松所属馬を出走させることが条件で、騎乗できる日は限定されていた。99年の中央での連対率は2割4分をマークしたが、上位人気馬に騎乗することは少なかったことを考えれば驚異的な数字である。

 JRAの騎手になるには、通常なら、今年デビューした藤田菜七子騎手のように競馬学校で3年間、競馬に関する専門知識や実技をみっちり学んで、10代で騎手免許取得を目指すのが道筋である。地方競馬の騎手が中央競馬に移籍する際にも、1次試験(筆記)、2次試験(実技、口頭試験)に合格する必要があったが、アンカツルールでは、直近5年以内にJRAで20勝を2回以上マークした地方騎手は、1次試験が免除された。

 JRAがアンカツルールを採用したのは、世論の力も大きかった。地方騎手にとって、中央移籍はハードルが高く、競馬関係の法規、調教の専門知識、馬学・衛生学などを問う1次試験が難関だった。アンカツさんは1回目の受験では不合格となったが、「アンカツほどの名手を落とすとは」といった競馬ファンらの声を受けてルールが改正された。03年に合格し「中央のアンカツ」が晴れて誕生。JRA入りを後押ししてくれたファンやマスコミの力を痛感し、感謝した。

写真:京都競馬場での安藤勝己元騎手の引退セレモニー

京都競馬場での安藤勝己元騎手の引退セレモニー

 アンカツルールの恩恵を受けたのは、兵庫の小牧太騎手と岩田康誠騎手、大井の内田博幸騎手の3人。岩田騎手は「ずっと安藤さんの背中を見てやってきた」と感謝。京都競馬場での引退セレモニーでは、武豊騎手ら関西の騎手が勢ぞろいして、アンカツさんを胴上げ。減量から解放されて太めになっており、「かなり重かった」そうだ。

 笠松からは柴山雄一騎手、安藤光彰元騎手が自力で1次試験を通過し、2次も合格した。家族らのサポートもあって、独学で猛勉強を積み重ねた末の難関突破だった。今年、笠松リーディング確実の佐藤友則騎手も受験したが1次試験突破はならなかった。アンカツさんがそうだったように、笠松や名古屋だけの競馬では物足りなくなり、「地方から中央の舞台へ」と、勝負師としてのメジャー志向は当然の流れではある。

 地方騎手からJRA参入者が増えることは、中央の騎手にとっては騎乗機会が減ることにもつながり、反発も当然あっただろう。アンカツルールは09年度まで適用されたが、10年度以降は成績に関係なく、全ての騎手に1次試験が必須となった。新たに直近3年以内にJRAで20勝2回以上の騎手のみ、2次試験の実技が免除された。戸崎騎手は10、12年に22勝を挙げて、1次突破後の2次は口頭試験のみ。3度目の挑戦で合格した。岡田祥嗣騎手(福山=廃止)は実技も含めた2次試験をクリアした。

 JRAの今年の騎手リーディングは、戸崎圭太騎手とルメール騎手によるトップ争いが続いている。12月第1週までで、戸崎騎手の173勝をルメール騎手が169勝で追走しており、2人の1位、2位が濃厚。このほか、地方出身騎手では内田騎手がリーディング6位、岩田騎手が9位でトップ10入り。柴山騎手は48勝で20位だ。

写真:ラブミーチャンがラストランで優勝した盛岡・クラスターカップでは、戸崎圭太騎手が騎乗した(岩手競馬提供)

ラブミーチャンがラストランで優勝した盛岡・クラスターカップでは、戸崎圭太騎手が騎乗した(岩手競馬提供)

 戸崎騎手はラブミーチャンにも騎乗。13年の東京スプリントと盛岡・クラスターカップのラスト2戦を勝利しており、笠松にもゆかりのある騎手といえよう。引退が決まったアンカツさんから、バトンを受け継ぐようなタイミングでJRA入りを果たしている。

 地方からJRA入りした騎手は、アンカツさんを含めて計10人。地方競馬でリーディング経験がある吉原寛人騎手(金沢)、赤岡修次騎手(高知)も中央入りに意欲はあるだろうが、ここ4年間、合格者は出ていない。笠松の佐藤騎手は、中央のレースでは今年も3勝を挙げて、地方騎手としては2年続けてトップの成績。JRA試験に9度目の挑戦で合格した岡田騎手のように、何年かかってもJRA入りを目指すだろうが、まずは笠松のスタージョッキーとして地元ファンの期待に応え、リーディングの座を積み重ねてほしい。

写真:笠松競馬場での引退セレモニーでも、地元騎手に胴上げされてアンカツスマイルがはじけた

笠松競馬場での引退セレモニーでも、地元騎手に胴上げされてアンカツスマイルがはじけた

 引退後のアンカツさんは、競馬評論家としてテレビや新聞で活躍中。このところのGT予想も好調のようで、ファンの支持も厚い。笠松での引退セレモニーでも、地元騎手たちに胴上げされ、「笠松は身近に馬が見られる競馬場。これからもたくさん足を運んで」と呼び掛けていた。またぜひ来場してもらい、オグリキャップ記念像の近くで楽しいアンカツ節を聞かせてほしい。




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