13年目の「1.17」
13年前の1月17日。自分は高校3年生でした。受験、進学、就職… 気が付いたら三十路に。
13年という月日、短かったのか、長かったのか。自分の記憶は鮮明だと思っているのですが、それでも、薄れつつある部分が。助け合いや被害軽減といった経験、これをいかに次の世代へ引き継ぐか。
100年以上前、岐阜も地震で大きな被害を受けました。明治24(1891)年10月28日午前6時37分。濃尾地震です。
震源地は根尾谷、地震の規模を示すマグニチュードは8.0。断層が今も姿を見せています。
その根尾谷断層を観察できるのが「根尾谷地震断層観察館」。樽見鉄道の水鳥駅に隣接しています。
地震はいつ起きるか分かりません。特に東海地震や南海地震、東南海地震といった、発生の可能性が高いとされるものもあります。備えを怠らないようにしないと。
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コメント (2)
17日の各社ニュースで取り上げられたであろう、竹筒で「1・17」の文字を描いた東遊園地の一角に、
復興と慰霊のモニュメントがあります。
そこの地下には、この地震で、或いは地震がもとで亡くなられた方々の御名前が刻まれています。
あの地震がなければ、否あっても家屋が倒壊したり家具が飛んできたりしなければ…、
と思うことしばしばです。
1・17の集いに参加し、竹筒のろうそくを献上して来ました。
あの日からの震災を忘れる事はこの先もないでしょうが、
忘れてはならないためにも、志半ばで亡くなられた先人にも祈りを捧げ、
鉄記者さんも書かれた「これをいかに次の世代へ引き継ぐか」を自分なりに問うています。
コメント by mitake — 2008 年 1 月 18 日 @ 2:30
先日、関西の方へ行く機会があったので、三宮の東遊園地に行ってきました。
復興と慰霊のモニュメントでは、ご遺族の方でしょうか、亡くなられた方の名が刻まれた板を拭いている姿を見かけました。
「伝える」ことを生業としているものの端くれとして、「次世代へどう伝えるか」は大きな課題です。
コメント by 広瀬 丈士 — 2008 年 1 月 20 日 @ 16:11