2008 年 10 月 28 日

明知線を走った気動車(岐阜に縁があった気動車)

カテゴリー: 鉄道 — 広瀬 丈士 @ 23:59

 前回紹介した、「岐阜に縁がある気動車」。
結論から言うと、旧国鉄明知線(現在の明知鉄道)を走っていました。

まず、キハ52という気動車がどんな車両か簡単に説明しておきます。
キハ52は、国鉄の一般型気動車。エンジンを2台積んだ両運転台車両で、勾配の多い山岳地のローカル線を中心に走っていました。

明知線は、勾配の多い路線。明知鉄道になってからは、急勾配上にある駅のなかで、勾配のきつさ日本一(飯沼駅)と同2位(野志駅)ができるほどです。

で、「岐阜に縁がある」という線で調べてみると、キハ52の120から123番が1965年10月、136と137番が66年3月に落成、多治見機関区に配置されています。その後、美濃太田に移動しています。

明知線の第3セクター転換の際には、これらの大半が長野と山梨を結ぶ小海線に移動。その後、飯山線などを経て、現在は新潟を中心に、米坂線や磐越西線などで最後の活躍をしているというわけです。

来月1日からはこれらの路線に新型車両(キハE120)が登場します。

かつて明知線を走ったキハ52は製造から40年超。これまでよく頑張って走ったというべきなのでしょう。

今回の参考資料:鉄道ピクトリアル605号(1995年5月)

2件のコメント »

  1. こんばんは!
    美濃太田にいたのは知っていましたが、明知線にいたんですね!!すごく勉強になりました。
    それにしても、そんな昔に走っていた車両が今でも走っているとは驚きですね!!!

    コメント by つる — 2008 年 10 月 31 日 @ 22:49

  2.  これを書くための資料を調べに、名古屋の図書館まで行ってきました。

     キハ52は、エンジン2台の両運転台車ということで使いやすかったのでしょうか。経年の割には多く残っていた感があります。

     また、新潟に残っている分は、平成に入ったころに車体更新を受けており、さらに長持ちする結果になったようです。

    コメント by 広瀬 丈士 — 2008 年 11 月 1 日 @ 20:37

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