明知線を走った気動車(岐阜に縁があった気動車)
前回紹介した、「岐阜に縁がある気動車」。
結論から言うと、旧国鉄明知線(現在の明知鉄道)を走っていました。
まず、キハ52という気動車がどんな車両か簡単に説明しておきます。
キハ52は、国鉄の一般型気動車。エンジンを2台積んだ両運転台車両で、勾配の多い山岳地のローカル線を中心に走っていました。
明知線は、勾配の多い路線。明知鉄道になってからは、急勾配上にある駅のなかで、勾配のきつさ日本一(飯沼駅)と同2位(野志駅)ができるほどです。
で、「岐阜に縁がある」という線で調べてみると、キハ52の120から123番が1965年10月、136と137番が66年3月に落成、多治見機関区に配置されています。その後、美濃太田に移動しています。
明知線の第3セクター転換の際には、これらの大半が長野と山梨を結ぶ小海線に移動。その後、飯山線などを経て、現在は新潟を中心に、米坂線や磐越西線などで最後の活躍をしているというわけです。
来月1日からはこれらの路線に新型車両(キハE120)が登場します。
かつて明知線を走ったキハ52は製造から40年超。これまでよく頑張って走ったというべきなのでしょう。
今回の参考資料:鉄道ピクトリアル605号(1995年5月)
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コメント (2)
こんばんは!
美濃太田にいたのは知っていましたが、明知線にいたんですね!!すごく勉強になりました。
それにしても、そんな昔に走っていた車両が今でも走っているとは驚きですね!!!
コメント by つる — 2008 年 10 月 31 日 @ 22:49
これを書くための資料を調べに、名古屋の図書館まで行ってきました。
キハ52は、エンジン2台の両運転台車ということで使いやすかったのでしょうか。経年の割には多く残っていた感があります。
また、新潟に残っている分は、平成に入ったころに車体更新を受けており、さらに長持ちする結果になったようです。
コメント by 広瀬 丈士 — 2008 年 11 月 1 日 @ 20:37