全国の警察が扱う遺体は年間17万体余りあり、ほとんどは解剖で死因を詳しく調べることなしに「事件性なし」として葬られてしまう。だが実は殺人事件や傷害致死事件だったとあとで分かることがある。「犯罪死の見逃し」をどう防ぐか。抜本策を盛り込んだ死因究明2法案がようやくまとまり、国会に提出される見通しになった。

 さいたま地裁の裁判員裁判で4月、木嶋佳苗被告が死刑判決を受けた首都圏連続不審死事件では、被害者男性の1人を警察が自殺とみて解剖せず、検察は間接証拠による立証を迫られた。5年前の大相撲時津風部屋の力士暴行死事件でも警察は解剖せず、一度は病死と判断した。このような見逃しは1998年以降45件が確認されている。

 ただ、これも「氷山の一角」という見方が強い。犯罪死かどうか見極めのつかない遺体について警察が必要と判断すれば、遺族の承諾なしで解剖できるようにしたり、解剖しない場合でも警察が血液や尿の薬毒物検査、さらにコンピューター断層撮影(CT)などを行えるようにしたりするのが法案の大きな柱だ。

 これで、仕組みはある程度整う。しかし、それを担う人材はというと、絶対的に不足している。施設も足りない。前々から指摘されていたのに警察庁や厚生労働省など関係省庁の足並みがそろわず、ほぼ手付かずのままになっていた課題だ。今度こそ、本腰を入れて取り組んでもらいたい。

 不自然な形で遺体が発見されると、検視官が外見から事件性の有無を判断する検視を行う。検案医も立ち会う。事件性ありとなれば、裁判所の令状に基づく司法解剖を実施する。事件性がなくても死因がはっきりしないと、監察医による行政解剖や遺族の承諾を得ての承諾解剖が行われる。

 まず検視官が足りない。昨年、警察が扱った遺体の総数(東日本大震災の死者を除く)は17万3735体。発見時に検視官が立ち会った臨場率は36.6%だった。5年前から3倍余りに増えたとはいえ、警察庁の有識者研究会が当面の目標に掲げた50%との開きはまだまだ大きい。捜査経験が豊富で専門的な研修を受けた検視官ではなく、現場に居合わせた警察官が検視をすることが多いと、見逃しの恐れが出てくる。

 さらに、解剖医の不足と、11%という解剖率の低さは深刻だ。有識者研究会が6カ国で実態を調査したところ、解剖率はスウェーデンの89%をはじめ、フィンランド78%、オーストラリアのビクトリア州53%と軒並み高く、調査対象の中で最も低かった米国の一部でも12%を上回っていた。

 スウェーデンの場合、解剖医は人口100万人当たり5.4人。日本は全国に170人ぐらいいるものの、100万人当たりで見ると、1.3人にしかならない。大半は大学の法医学教室の教授で、研究もしながら兼務している状況という。

 また主に行政解剖を行う監察医制度が機能している東京、神奈川、大阪、兵庫の4都府県の解剖率は23%ぐらいだが、残る43道府県は6%弱と地域間の格差も大きい。

 解剖率は当面20%、最終的には50%を目指すという。検視官の臨場率引き上げとともに道のりは遠いが、犯罪死の見逃しは社会の安全に影を落とす。関係省庁が連携し、都道府県や医学界の協力も得て、人材確保に知恵を出し合ってほしい。