松永コールやまず、万感のラストゲーム
<天皇杯準々決勝・FC岐阜0―3名古屋>
試合後、鳴りやまないコールの中心に、今季限りでチームを離れる指揮官の姿があった。
松永英機監督、46歳。ヘッドコーチだった2007年6月、JFL途中で戸塚哲也監督の後を継いだ。今季は大卒中心の若い選手をまとめ、プロとして戦う集団をつくり上げた。
「攻撃は守備から。守備は攻撃から」と、組織的なサッカーを浸透させてきた。選手たちには徹底して規律も求めた。茶色に染めるなど長い髪のサッカー選手が多い中、岐阜の選手たちは黒髪の短髪。組織的サッカーのため、じっくりと選手を育ててきた。
最後の試合を終え、感慨深けに語った。「こういったJ1のチームと対戦することで差を感じ、J2の環境に甘えることなく、個人としてチームとして成長していってほしい。FC岐阜がこれからも躍進していくことを期待したい」。これが、贈る言葉となった。
(写真)チーム最後の指揮をとった松永英機監督=瑞穂公園陸上競技場

