走るデゴイチ、中津川で再び 元機関士・渡邊さん夢描く − 岐阜新聞 Web

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走るデゴイチ、中津川で再び 元機関士・渡邊さん夢描く
2017年08月13日 12:18
写真:走るデゴイチ、中津川で再び 元機関士・渡邊さん夢描く
元機関士の渡邊典雄さんとデゴイチの愛称で親しまれたD51型のSL「266」。再び中津川の町で走らせる夢を描く=中津川市本町、本町公園

 岐阜県中津川市本町の本町公園に保存、展示されている蒸気機関車(SL)の「D51 266」。1971年まで国鉄の中央西線などで活躍したSLで、その昔、中津川にSLの車両基地が置かれ、鉄道の町としてにぎわった歴史を今に伝える。中津川には現在も多くの元鉄道マンが暮らし、同SLを手入れしながら再び走らせようと夢を描く。元機関士の渡邊典雄さん(88)=同市駒場=は「リニア中央新幹線が来るからこそ、職人の思いが詰まった“デゴイチ”をもう一度、中津川で走らせたい」と語る。

 国鉄時代、現在のJR中津川駅にはSLを整備する車両基地の中津川機関区が置かれた。同線では最大級の機関区で、駅構内には何本もの線路の側線が延び、機関庫、転車台、貯炭場などがあった。市内の製紙工場から来る貨物列車の引き込み線や北恵那鉄道の駅もあり、ピーク時は機関士ら数百人規模の技術者が働き、中津川の町はにぎわいを見せたという。

 渡邊さんは、恵那市岩村町で大工の家の三男として生まれた。一家は、32(昭和7)年8月に発生した四ツ目川災害の住宅復興に携わるため、中津川市駒場に移住。渡邊さんは尋常高等小学校を卒業後、14歳で国鉄に入った。戦時色の濃い時代で「徴兵されないよう国鉄に入れとおやじに言われた。当時は、満蒙開拓青少年義勇軍に入るつもりで訓練していたので、特に鉄道に憧れたわけではなかった」。

 機関助手や機関士などを務め、52歳で国鉄を退職するまでの38年間、鉄道人生をSLと共に歩んできた渡邊さん。第二の人生で、地元の国鉄OBらと「中津川市D51会」を立ち上げ、本町公園のデゴイチの手入れをしたり、見学会を開いたりしてSLの魅力を伝える。全国各地でSLを走らせるイベントがあれば、機関士として向かう。6月には和歌山県でデゴイチを動かした。

 2027年にはリニア中央新幹線の開業で停車駅と車両基地が置かれ、新たな時代の鉄道の町として再出発する中津川。渡邊さんは「山あいを駆け抜けたデゴイチは力強く、ごつい田舎の男のイメージ。今の電車よりも扱いが難しかっただけに愛着がある。実際に走らせないと、迫力は伝わらない。今だからこそ、もう一度、中津川で走らせたい」と語る。