2017年1月
1月 2016年

2017年1月



 藤井 啓次氏(ふじい・けいじ=サン・アド取締役顧問)

13日午前10時58分、急性心筋梗塞のため岐阜市の病院で死去、85歳。岐阜市出身。自宅は岐阜市長森岩戸947の105。通夜は16日午後6時から、葬儀・告別式は17日正午から、いずれも岐阜市上加納山4717の4、岐阜市斎苑第1式場で、藤井家とサン・アドの合同葬として行う。喪主は同社常務取締役の次女真美(まみ)さん。
 岐阜日日広告社取締役を経て、81年に広告代理店サン・アドを創業した。



 栗田 登氏(くりた・のぼる=元揖斐郡揖斐川町長)

12日午前3時39分、肺がんのため大垣市内の病院で死去、86歳。揖斐郡揖斐川町出身。自宅は揖斐郡揖斐川町北方1492の1。葬儀・告別式は14日午後1時から、揖斐郡大野町松山470の揖斐広域斎場で。喪主は長男剛司(つよし)氏。
 1993年1月に町長に初当選し、1期務めた。



 加藤 久雄氏(かとう・ひさお=元中津川工業高校長)

11日午前10時45分、気管支肺炎のため中津川市の病院で死去、79歳。瑞浪市出身。自宅は中津川市駒場1554の10。通夜は13日午後7時30分から、葬儀・告別式は14日午後2時から、いずれも中津川市駒場122の5、セレモニーホール中山道で。喪主は長男潤(じゅん)氏。
 多治見工業高校長も務めた。


 塚田 和敏氏(つかだ・かずとし=元福音館書店社長)

10日午前3時10分、脳出血のため死去、69歳。岐阜県出身。葬儀・告別式は近親者で行った。喪主は妻千枝(ちえ)さん。
 05年8月〜10年9月まで社長を務めた。



 村上 孝博氏(むらかみ・たかひろ=元羽島警察署長)

10日午前2時、肺がんのため岐阜市内の病院で死去、69歳。美濃加茂市出身。自宅は岐阜市下鵜飼1832の3。通夜は10日午後8時から、葬儀・告別式は11日午前11時30分から、いずれも岐阜市折立250、メモワール黒野で。喪主は長男寛之(ひろゆき)氏。



 青山 禮三氏(あおやま・れいぞう=陶芸家、多治見市無形文化財技術保持者)

9日午前9時34分、老衰のため多治見市小名田町4の3の自宅で死去、97歳。瑞浪市(旧恵那郡陶村)出身。通夜は10日午後6時から、葬儀・告別式は11日午後1時から、いずれも多治見市光ケ丘5の100の1、セレモ双葉玄武ホールで。喪主は次男双男(ふたお)氏。
 30代から陶芸を始め、1966年に同市小名田町に「草の頭窯」を開窯。染付技法で独自の世界を切り開き「美濃古染付」を研究。98年に同市無形文化財技術保持者に認定された。90歳を過ぎても盛んに創作活動を行っていた。



 岩水 増治郎氏(いわみず・ますじろう=元大野郡丹生川村議)

9日午前8時55分、肺炎のため高山市の病院で死去、78歳。高山市出身。自宅は高山市丹生川町町方55の1。通夜は10日午後7時から、葬儀・告別式は11日午前11時から、いずれも高山市総和町3の96、セレモニーホール三礼で。喪主は長男忠盛(ただもり)氏。



 山ア 仁朗氏(やまざき・きみあき=岐阜大地域科学部教授、地域社会学)

8日午前8時58分、左上顎洞がんのため岐阜市の自宅で死去、51歳。千葉県柏市出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。喪主は妹の智子(ともこ)さん。



 中村 盈子さん(なかむら・みつこ=中村正孝安八郡神戸町議会議長の母)

7日死去、97歳。神戸町出身。自宅は神戸町神戸488。通夜は9日午後7時から、葬儀・告別式は10日午後1時から、いずれも神戸町瀬古967、やすらぎ苑で。喪主は長男正孝(まさたか)氏。



 安藤 敏樹氏(あんどう・としき=元日吉小学校長)

7日午後7時8分、老衰のため瑞浪市の病院で死去、84歳。自宅は瑞浪市日吉町964の2。通夜は9日午後6時から、葬儀・告別式は10日午後1時から、いずれも瑞浪市明世町戸狩831の1、セレモニーホール工藤で。喪主は長男恵二(けいじ)氏。
 串原小学校長も務めた。



 小森 周太郎氏(こもり・しゅうたろう=小森敬直関市議の父)

6日死去、94歳。関市出身。自宅は関市下白金932の1。通夜は8日午後6時から、葬儀・告別式は9日午前10時から、いずれも関市池田町148、メモワール関で。喪主は長男敬直(よしなお)氏。



 藤塚 弘氏(ふじつか・ひろむ=岐阜市加納東自治会連合会長)

5日午前8時40分、心筋梗塞のため笠松町の病院で死去、86歳。自宅は岐阜市加納西丸町1の65。通夜は6日午後7時から、葬儀・告別式は7日午後1時から、いずれも岐阜市月ノ会町1の7、セレモニーホール野々村で。喪主は長男弘雪(ひろゆき)さん。加納東自治連会長は2008年4月から務めていた。


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