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ぎふ平成人国記 第3部 トップの素顔編

2006年 4月12日(水)

魅力ある人間常に追求

レシップ社長 杉本眞氏(53)

写真:杉本眞氏
杉本眞氏

 東大文学部を卒業後、丸紅に入社。妻の祖父が三陽電機製作所(現レシップ)の創業者だったことから1989年、同社へ転身。93年に社長に就任し、昨年12月には株式上場を果たした。この人、いったい何になりたかっただろう。この経歴のどこに、共通点や関連性があるのかと考えてしまう。しかし、杉本は平然と「人生いろいろあるから面白い」と笑う。

 大学時代は西洋古典学に興味を持ち、漠然と「海外に行きたい」と思った。だから就職は商社。丸紅では、希望がかない、海外関連事業部に配属されてブラジルに赴任。繊維会社の再建チームの一員として「営業と製造以外は、債権回収から経理まで管理部門はなんでもやった」と言う。杉本とバランスシートとの出合いは、この時。

 ブラジルから帰国後、自動車メーカーの海外進出をサポートする仕事を担当。パソコンを駆使して事業計画を策定した。実は、杉本は、商社で物を売ったことがない。この商社時代の経験が、後の杉本の経営者としてのスタイルを形づくったといえる。

 丸紅でもエリートの道を歩んでいたが、突如、妻の祖父が創業した会社に転身した。バス用の車載機器などを開発していたことから「誘われた時、乗り物が好きだから(転身しても)いいかなあ」と、人生を変えることを決断。結局、「海外」と「乗り物」の2つのキーワードが、杉本の人生を決めた。

 経営者となった杉本の理念は「透明性の確保」「合理性の追求」「魅力的であろうとする熱意」―の3つ。セールスをしない、モノをつくらない杉本は、この3つの理念を社内に徹底させることで、会社を上場させたと言っても過言ではない。「営業、技術、いずれも素人。その私が、両分野に意見を言うことが会社のプラスになるとは思えない」ときっぱり。

 杉本は、透明性を確保するため、ITを駆使し、社内の情報化に徹底して取り組んだ。毎月の経営成績(月次報告)も社員にオープンにする。幹部への指示、報告もすべてメール。「自分の意見を、人を介して伝達することはしない。だが、基本的には社長室に呼びつけることはない。会議以外は、ほとんどメールで伝える」と言う。

 合理性の追求は、コスト面だけではない。社員に対しても杉本は、常に社内での存在意義を問い掛ける。「会社で自分の存在意義がないと思えば、その会社で働く意味はない。お互いが不幸になる。会社も同じ。世の中に必要と認められれば存続できる」と考える。

 3つ目の理念は、杉本本人の目標でもある。「自分自身が魅力的な人間でありたいと思う。そして、常に、そうなろうとする熱意を持ち続けたい」と。

(記事中敬称略)