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1976年に旧建設省入省。99年には淀川工事事務所長となり、河川整備計画に住民意見を反映させる場として淀川水系流域委員会を立ち上げた。同流域委は事業中のダム計画凍結という異例の結論を導き出したことで知られる。
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1997(平成9)年に改正された河川法のポイントは「環境保全」と「住民対話」を盛り込んだことにある。法改正作業にかかわった者として、どのように河川整備に住民の意見を反映させるかを本気で考えながら仕事をしてきた。
河川法改正のきっかけとなったのは長良川河口堰(ぜき)建設反対運動だろう。河口堰完成間近の94年には私は長良川河口堰建設所長。激しい反対運動を目の当たりにしながら、河川行政に対するこの不信感は一体何だろうとずっと考えていた。国に対し、国民がこれ以上勝手にやるなというメッセージを突きつけたのだと思った。今までのやり方ではいかんなと肌で感じた経験だった。
99年には淀川工事事務所長となり、淀川水系流域委員会を立ち上げた。近畿地方整備局河川部長まで合わせると4年半かかわったが、その間はそれはもう必死だった。通常の委員会というのは波風立てずに終わらせるのがほとんどだけど淀川流域委では委員がどなり合って議論していた。
透明性を確保しようと事務局業務を民間に任せて、会議を4年半で450回くらい行った。国の計画原案を当初から示さなかったのも特徴だったと思う。
なぜそうしたかと言うと、河川についての知識や思いが行政や住民でそれぞれ違うのは当然で、出発点が違えば互いにいくら議論しても自己正当化するだけで溝は埋まらないから。計画原案を議論するのは、出発点をできるだけ共有してからだと思った。それぞれの立場から川について知っていることや心配していることを出し合い、それらの課題と対策を積み重ねれば整備計画案になるのではないかと考えた。もちろん国としても「この堤防が危ないから優先的に対処したい」などと心配していることを包み隠さずに話し、議論の材料にしてもらった。
淀川流域委は「原則ダムは建設しない」という提言のみが注目されがちだが、個人的には一般論としてダムがいいか悪いかを一概に言えるわけがないと思っている。個別に考えて、副作用を踏まえた上で、どうしても必要ならつくらざるを得ないということだろう。ただつくる場合には徹底的に説明責任を果たさなければならない。
河川管理者はこれまで、川の整備を道路や下水道をつくるのと同じだと錯覚してきたのではないかと反省している。設計図で決めた通りに工事を進めるだけではだめ。川は人間の体と同じで、どこか悪かったら手を加えて反応を見る、それでもだめならまた別の手を考えるということを繰り返すべきだ。設計図ではなく処方せんによって整備していくのがいい。
河川法には住民対話の方法は書いていない。住民の意見を聞いて流域の姿をどうしていくかを真剣に考えようとしたら淀川方式になった。木曽川水系ではどんな方法を取るのか分からないが、もし意見が食い違ったまま見切り発車すれば河口堰の二の舞いになる。そうならないためにどうするのか、それは各水系の河川管理者と住民が知恵を絞って考えるしかない。
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