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| 全館リニューアルの目玉となったキャリア向けの3階婦人服売り場。狙いを上回る売り上げで好調な業績をけん引する=岐阜市日ノ出町、岐阜高島屋 |
岐阜高島屋(岐阜市日ノ出町、松原久男社長)が好調だ。わずか30分でアクセスできる名古屋駅前にジェイアール名古屋高島屋という旗艦店がある中、2005年に、1977年の開業以来初となる全館リニューアルを断行。キャリア女性にターゲットを絞った店づくりが成功し、売り上げ拡大が続く。しかし、名古屋には昨年末から、高級ブランド店などが入る複合ビル・ミッドランドスクエアなどが相次いで開業しており、地方都市の百貨店として存在意義をどう確立するのか。岐阜市内唯一の百貨店のさらなる挑戦が続く。
全館改装が成功
岐阜高島屋の全館改装は投資総額20億円。1階バラの広場を売り場に転換するなどし、05年10月にオープンした。年間売上高22億円アップを掲げていたが、半年の実績となる06年8月中間決算の売上高は、前年同期比19億5600万円(25・9%)増の94億9600万円と当初目標を大きく上回った。
全館改装の中心ターゲットは、キャリアと呼ばれる30代から40代前半の女性。家族向け商品や総菜などへの波及効果が高い点を狙った。3階婦人服売り場にキャリアに人気の4ブランドを新規投入し、化粧品、菓子・総菜売り場も増床した。3階の売り上げは、目標値を数%上回って推移しており、全体の押し上げに貢献している。
かつて複数の百貨店がしのぎを削った岐阜市の中心市街地。99年に京都近鉄百貨店岐阜店が撤退。さらに05年に新岐阜百貨店、06年に岐阜パルコが閉店し、市内に残るのは岐阜高島屋だけとなった。
岐阜の百貨店として存在意義確立へ
ただ、岐阜高島屋も決して無傷で生き残ったわけではない。独立店として開業したが、91年をピークに売り上げは減少。95年には本体と合併して累積損失を解消し、商品力も強化して再スタートを切ったものの、売り上げは上向かなかった。04年には再び子会社として独立、人件費などの固定費を削減し、経営基盤を整えた。
しかし、05年2月期売上高は169億6700万円と、5年前より約47億円も減少。撤退も検討した末の積極投資は「岐阜市は40万人都市であり、柳ケ瀬は日本有数の商店街。するべきサービスをきちんと提供していけば、十分に商売できる」(松原社長)との不退転の決意で臨む大きな賭けだった。結果は、改装から1年4カ月を経た現在も、前年同月比5・5%増の水準を維持。“岐阜の百貨店”という選択肢を消費者に提供するまでになった。「岐阜に百貨店は必要なのか」―。岐阜高島屋の再挑戦はここから始まった。それは、そこに住み、店を育てる側に立つ消費者への問い掛けでもある。
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