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| 本物そっくりの「記念オム」(写真左上)やアイデア商品のゴキブリだんご(写真右下)。いずれも岐阜生まれのユニーク産業の代表格だ(コラージュ・安藤茂喜) |
私たちが日々暮らしながら、当たり前のように目にしている物の数々。その中には岐阜生まれの商品が意外と多い。例えば飲食店のショーケースに並ぶ食品サンプルや、家庭には欠かせないゴキブリだんごは、それぞれ郡上市八幡町生まれに揖斐郡池田町生まれ。今となってはすでに一産業として定着しているが、人まねではなくゼロから事業化することができたのはなぜだろう。
郡上市八幡町の岩崎模型製造(佐藤一作社長)。創業者の故岩崎瀧三氏が1932(昭和7)年に、料理の模型をろうで作る技術を確立し、大阪市に「食品模型岩崎製作所」を立ち上げたのがこの産業の礎。そのころすでに食品模型は作られていたが、品質を高め事業化に成功したのが瀧三氏だった。
「会長(瀧三氏)の父は奥美濃の左甚五郎と呼ばれるほど腕のたつ彫刻家。その血を引いた手先の器用さが、技術開発に役立ったようです」と話すのは、瀧三氏の下で2年間働いた経験を持つ佐藤社長。瀧三氏は、器用さを生かして研究に研究を重ね、オムレツの模型作りに成功。「記念オム」と名付けられた精巧な第1号は、今でも色あせることなく同社に展示されている。
「いくつもの事業で失敗した末にたどり着いた成功だったので、会長は当たって砕けろ、竹に節ありて強しとよく言ったものです。また物をじっくり見て常に何かに使えないかと考えろ、と」と佐藤社長は振り返る。不屈の精神と発想の豊かさがうかがえる。
一方のゴキブリだんご。22年前に街の発明家だった故谷酒茂雄氏=不破郡垂井町=が開発したゴキブリだんごを商品化し、「ゴキブリキャップ」として売り出そうと考えたのは松岡浩タニサケ会長。「ゴキブリだんご作りの教室を全国各地で行っていて、ニーズがあるのは手応えで分かった」と振り返る。
松岡会長は、ゴキブリだんごというユニーク商品の事業化に成功しただけでなく、社員による作業改善提案の数日本一などという活発な企業風土づくりでも知られ、全国から講演の依頼が絶えない。営業などで人と会えばすぐにお礼のはがきを出す、社員提案は絶対肯定などという具合。「当たり前のことをやろうとしているだけ」と松岡会長は話す。
では、ユニーク産業が岐阜から生まれた背景とは―。松岡会長は冗談交じりにこんなことを話した。
「講演で全国を回っていると、岐阜は変わった人が多いと言われる。自分ではエネルギッシュという意味だと解釈しとるけど。東京でも大阪でもなく、保守的な名古屋でもない、岐阜独特の風土があるのかな」
大都会の企業に負けじと、あの手この手のアイデアで勝負するエネルギー。片田舎の岐阜だからこそ、独創性や市場を敏感に読む商売感覚が培われたのかもしれない。
(岡本周子)
=生まれはGIFU編おわり=
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