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ぎふ63年目の夏

長崎で被爆、突然変異の稲を植え継ぐ 羽島の有志

写真:空もみが目立つ被爆稲の“子孫”の穂を示す渡邉哲夫さん(左)。被爆者の福田清義さん(右)らと栽培に取り組んでいる=6日午前10時40分、羽島市役所
空もみが目立つ被爆稲の“子孫”の穂を示す渡邉哲夫さん(左)。被爆者の福田清義さん(右)らと栽培に取り組んでいる=6日午前10時40分、羽島市役所

 羽島市足近町の水田で、市民ら有志が長崎市で被爆した稲の“子孫”を受け継いで、大切に育てている。放射能の影響で染色体が突然変異、半数以上のもみに実が入らない。原爆の脅威の証しを平和学習の糧にしようと県内を巡る原爆資料展に穂や鉢植えを出品しており、栽培の希望者や協力者も募り始めた。

 この稲は、1945(昭和20)年10月、爆心地から約800メートル離れた浦上天主堂近くの水田で発見された。高温で周辺は焼失したが根が生き残り、穂を付けていた。九州大学が採取し、染色体構造の研究に用いた後、福岡市のNPOが譲り受け、広めている。食べても害はないという。

 県内では羽島市足近町の元銀行員渡邉哲夫さん(79)が戦後60年の節目だった2005年に同NPOから種もみを取り寄せ、自宅近くの水田約370平方メートルで栽培。鉢植えも試み、県原爆被爆者の会(岐朋会)の「原爆と人間展」に並べてきた。被爆者の福田清義さん(79)=本巣郡北方町=、小林武夫さん(64)=岐阜市金竜町=と「植え継ぐ推進協議会」を組織、田植えや稲刈りを続けている。

 渡邉さんは「主食のコメを通じて、何世代にも影響を与える原爆の怖さが伝わるはず。併せて被爆者に体験を聞く場も設けてもらいたい」と期待する。広島市で被爆した福田さんは肺がんを患い、7年半前に左肺の3分の2を摘出した。「被爆した人間も稲と同じで影響は死ぬまでついて回る。繰り返してはならぬと使命感を持って語りたい」と話す。

 同稲は9日まで羽島市役所に展示、可児市広見公民館(12―18日)、多治見市文化会館(15―17日)、県民ふれあい会館(25―31日)を巡る。問い合わせは渡邉さん(午後8時以降)、電話058(392)0924。

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