千畝氏の遺志、氷川丸で誓う ユダヤ難民救った避難船 − 岐阜新聞 Web
千畝氏の遺志、氷川丸で誓う ユダヤ難民救った避難船
2016年02月22日09:17
写真:千畝氏の遺志、氷川丸で誓う ユダヤ難民救った避難船
氷川丸の船内であったシンポジウムで、同船上で撮影されたユダヤ難民の写真を説明する杉原美智さん=21日午後2時2分、横浜市中区山下町

 岐阜県加茂郡八百津町出身の外交官、杉原千畝(ちうね)氏(1900〜86年)に関する資料の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の記憶遺産登録に向けたシンポジウムが21日、横浜市の山下公園に係留されている貨客船「氷川丸」の船内で開かれた。「命のビザ」を得たユダヤ難民の避難に使われた船を会場に、約120人が杉原氏の人道精神について考えた。

 氷川丸は1930年に就航した全長163メートルの大型船。杉原氏発給の日本通過ビザを手にした約6千人のうち、横浜から北米への避難に使われた。同ビザに関する避難船で唯一現存している。

 シンポでは杉原氏の長男の妻、杉原美智さんが、氷川丸の船上で撮影されたユダヤ難民の写真を紹介。「助かった人の命が(子や孫に)続き、平和のために動いてくれていることで父の遺志が生かされている」と訴えた。

 続いて、杉原氏を研究する外務省外交史料館の白石仁章さんが、「(行き先国の入国許可など)条件が整った人が横浜から、そうでない人が神戸港に向かった」と分析。「戦争に追われた気の毒な人々」と各港の周辺で人々が迎え入れた事例を挙げ、「横浜でも手を差し伸べた話はあっただろう。解き明かしていきたい」と述べた。

 シンポは八百津町が主催。記憶遺産登録への機運を高めようと全国3カ所で開く第1弾で、3月6日には記憶遺産候補の「上野三碑」を申請する群馬県高崎市、同月27日には避難民が滞在した神戸市で開催する。