岐阜城の真の姿伝えたい 戦国期の石垣模型作成 − 岐阜新聞 Web
岐阜城の真の姿伝えたい 戦国期の石垣模型作成
2017年01月29日09:06
写真:岐阜城の真の姿伝えたい 戦国期の石垣模型作成
岐阜城の山上石垣を整備した模型。柴田正義さんは「400年以上眠る石垣を多くの人に見てほしい」と願う=岐阜市千畳敷下、ぎふ金華山ロープウェー

 岐阜城山上の石垣を多くの人に見てほしい−。岐阜市などの市民有志でつくる「岐阜城山上石垣整備推進協議会」は、織田信長らが活躍した戦国時代の石垣を復元した岐阜城の模型を作製した。今月からぎふ金華山ロープウェー(同市千畳敷下)で展示している。代表の柴田正義さん(44)は「岐阜城の真の姿を知ってほしい」と熱を込める。

 信長は1567年に岐阜城(稲葉山城)を攻略。城下の井口(いのくち)を岐阜と改め、天下布武の拠点とした。信長の死後は嫡孫に当たる城主秀信が関ケ原の戦いの前哨戦で東軍に敗れ、廃城。山上部は明治以降に復興天守や展望レストランなどの観光施設が建てられた。

 金華山麓で育ち、城好きでもある柴田さん。17世紀後半〜18世紀前半に描かれた「稲葉城趾(じょうし)図」(伊奈波神社蔵)を参考にしながら金華山に何度も通う中で、古い石積みや岩盤を加工した跡を次々に見つけた。

 「400年以上眠っている石垣を、誰もが見える状態にできたら」との思いから、石垣整備を目的とした協議会を昨年1月に発足。同10月には、インターネットを通したクラウドファンディングで、山上石垣の模型を作る資金援助を呼び掛けると、わずか30日間で目標を上回る80万円が集まった。

 城郭模型作家の島充さん(福岡市)に作製を依頼し、地形データや城趾(じょうし)図を基に、500分の1サイズで精緻に作り込んだ。山上の曲輪回りの木や土砂を取り除き、石垣の遺構を整備した状態で表現した。昨年12月には横浜市で開かれた「お城EXPO」でブースを出展し、模型を展示した。

 模型は今月19日からロープウェーの山麓駅に置かれ、観光客の目を引いている。4月には滋賀県立大の中井均教授(考古学)ら城郭研究の専門家を山上の石垣へ案内する予定だ。夏にはその報告を兼ね、市内で討論会も開く。

 今年は信長が岐阜に入城して450年目の節目。柴田さんは「実際に石垣を整備することにはさまざまな意見があると思うが、まずは多くの人に石垣の存在を伝えたい」と話す。


【移動編集局】「信長450」