伊藤律、若き日の思い 中津川の叔母に手紙 − 岐阜新聞 Web
伊藤律、若き日の思い 中津川の叔母に手紙
2017年02月16日08:55
写真:伊藤律、若き日の思い 中津川の叔母に手紙
伊藤律が叔母に宛てた手紙。「結局人間は、自分で働き、苦しみ、さうして生き」と書かれている=14日、中津川市内

◆人間は、自分で働き、苦しみ、生きていく

 岐阜県瑞浪市土岐町出身の元日本共産党幹部で、近年になってゾルゲ事件のスパイ説が否定された伊藤律(1913〜89年)が戦前、中津川市内の母方の叔母(故人)に宛てた手紙が、15日までに見つかった。文面から、若くして達観したような伊藤の人生観がうかがえる。手紙の一部は26日、中津川市内で開かれる講演会場で公開される。

 このうちの1通は、37年に結核で夫を亡くした叔母を気遣う内容で、便せん3枚にしたためられている。伊藤は24、25歳とみられ、大量検挙で壊滅した党の再建に取り組んでいた時期に当たる。

 盆の供養に寄れなかった非礼をわびた上で、慰めの言葉として「結局人間は、自分で働き、苦しみ、さうして生きていくものです」という人生観をつづっている。

 一人親として4人の子どもを養う叔母には、「淋(さび)しい、貧しい生活を子供にさせる事はたまらなく可哀(かわい)さうな気がします。が、それは親の罪ではないのだ」と責任を感じ過ぎないよう助言している。

 見つかったのは封書4通、はがき5枚で、戦前、戦中のもの。叔母の家に嫁いだ女性が保管していた。伊藤の次男淳さん(70)=東京都在住=は「特高警察による逮捕後の監視が続く中での再建準備運動という一番苦しい時期に当たり、父は自分の人生と照らし合わせてこの手紙を書いたのではないか」と話す。

 手紙は26日午後1時から中津川文化会館(同市かやのき町)である「戦前戦後史人権フォーラム 二・二六事件とゾルゲ事件そして岐阜の人々−安藤輝三・尾崎秀実・伊藤律」の会場で展示される。外交評論家の孫崎享さんや伊藤淳さんらが講演する。