宗宮前揖斐川町長死去 合併後、町の基礎築く − 岐阜新聞 Web
宗宮前揖斐川町長死去 合併後、町の基礎築く
2017年04月19日08:12
写真:宗宮前揖斐川町長死去 合併後、町の基礎築く
全国育樹祭1周年記念大会で、皇太子さまがお手入れされたスギ林の前で記念碑を除幕する宗宮孝生さん(右から3人目)=昨年10月、岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲名礼

 揖斐郡揖斐川町の合併に尽力し、合併後の同町の基礎を築いた宗宮孝生(そうみや・たかお=前同町長)氏が18日午前4時5分、揖斐郡揖斐川町房島1326の1の自宅で死去した。74歳。揖斐川町出身。通夜は20日午後7時から、葬儀・告別式は21日午後1時から、いずれも揖斐郡大野町松山470の揖斐広域斎場で。喪主は長男昭雅(あきまさ)氏。

 1963年に揖斐川町役場に入庁し、参事や助役などを経て2001年の町長選で初当選。05年の町村合併に伴う町長選で当選し、3期務めた。任期中の昨年10月、健康上の理由で辞職した。11年から13年まで県町村会長。

◆育樹祭などの成功に尽力

 18日に急逝した前揖斐川町長の宗宮孝生氏は、温和で実直な仕事ぶりで多くの人々から信頼され、2005年に1町5村が合併して誕生した新生揖斐川町の基礎を築いた。突然の悲報に、揖斐郡3町の町長からは惜しむ声が相次いだ。

 宗宮氏は、01年の町長選に初当選。05年の町村合併に伴う町長選に当選した後、3期務めた。昨年10月に健康上の理由で辞職するまで、旧町村間の融和を図りながら、国道をはじめとする基盤整備や保育サービスの充実などに尽力。15年に皇太子さまをお迎えして開催した全国育樹祭、昨年の同1周年記念大会を成功に導いた。

 富田和弘町長は18日朝、役場に登庁して訃報を知った。町職員時代から48年間、助役や副町長としては10年間宗宮氏を補佐。「長い間、町のために苦楽を共にしてきた。大変残念でならない」と肩を落とした。今年1月に新幼児園の竣工式で会ったのが最後で、富田町長が「また相談に乗ってください」と声を掛けると笑顔でうなずいたという。「宗宮さんが積み上げてきたまちづくりの流れをしっかりと受け継いでいく」と決意を新たにした。

 池田町の岡崎和夫町長も「あまりにも早すぎる」と嘆く。「幅広い考えを持ち、ご自身の意見をはっきりと言う方。町長就任以前から、いろいろとご指導いただいた」と振り返る。大野町の宇佐美晃三町長は「『揖斐郡は一つ』と常におしゃっており、今の3町体制がうまく進んでいるのも宗宮さんのリーダーシップがあったからこそ。あらためて感謝を申し上げたい」と述べた。