日章旗、古里の東白川村へ 元米兵、遺族に返還 − 岐阜新聞 Web
日章旗、古里の東白川村へ 元米兵、遺族に返還
2017年08月16日08:59
写真:日章旗、古里の東白川村へ 元米兵、遺族に返還
日章旗を手にする安江辰也さんとマービン・ストロンボさん=15日午後0時10分、加茂郡東白川村神土、はなのき別館ふれあいホール

 太平洋戦争中に戦地のサイパン島から日章旗を持ち帰った元米海兵隊員のマービン・ストロンボさん(93)=米モンタナ州在住=が15日、岐阜県加茂郡東白川村を訪れ、持ち主で25歳で亡くなった安江定男さんの遺族に返還した。定男さんの弟、辰也さん(89)=同村五加=は、兄が74年前に持っていった旗を顔に押し当て、「兄の肌の匂いがするような…。帰ってくるんやぞ、という気持ちで旗に記入した皆さんの真心が通じた」と涙をにじませた。

 定男さんは1943年7月に旧日本陸軍中部第4部隊(岐阜歩兵第68連隊)に入隊し、マリアナ諸島に出征した。終戦間際、遺族の元に戦死したとの報と遺骨のない白色の箱が届いた。戦地からの遺品はなかった。

 ストロンボさんは、戦死した定男さんの上着から戦利品として旗を抜き取った。44年の6月か7月のこと。旗は定男さんの懐できれいに畳まれていたため、ストロンボさんは罪悪感から「いつか家族の元に戻す」と声を掛けたという。

 旗は縦68センチ、横96センチ。「武運長久」「安江定男君」と筆で書かれ、知人ら約180人の名前が寄せ書きされている。

 ストロンボさんは昨年11月にモンタナ大学を介し、旧日本兵の遺品返還に取り組む米国のNPO「オボンソサエティ」の活動を知り、「正しいことをしたい」と調査を依頼。オボンは寄せ書きに安江姓が多かったことなどから出身地を割り出し、定男さんの物と分かった。

 終戦の日に合わせ、遺族に返還することにした。ストロンボさんは「ついに約束を果たすことができた。長い時間がかかってしまいごめんなさい」と述べた。定男さんの妹、古田小夜子さん(93)は旗に手を合わせて涙を流した。オボンによると、元米兵が来日し遺族に直接、日章旗を手渡すのは初めてという。

 ストロンボさんによると、定男さんの遺体は眠るような顔で横たわっていた。その様子を聞いた辰也さんは「兄がサイパンに上陸していたことも分からなかった。立派に戦って果てたんだな。納得ができた」と話した。

 辰也さんによると、定男さんは6人きょうだいの長男。思い出は、出征前日に軍から面会許可が出て岐阜市内で小夜子さんらきょうだいと一緒に会いに行った時のこと。定男さんから「南の方の島へ行くことになりそうだ。生きて帰れそうにないが、おまえたちで力を合わせて両親を頼んだぞ」と言われ、兄を送り出す無情さを感じた。

 辰也さんは「意に沿わない若者同士が命のやりとりをしなければならなかった戦争は悲惨。二度と繰り返してはならない」と話す。

 日章旗は定男さんの両親、寄せ書きした人たちの墓前に報告。辰也さんの自宅で保管した後、東白川村・平和祈念館で展示する予定。