伊58もう一度見たい 元乗組員、海中探索見守る − 岐阜新聞 Web
伊58もう一度見たい 元乗組員、海中探索見守る
2017年08月26日08:56
写真:伊58もう一度見たい 元乗組員、海中探索見守る
伊58の写真を手に説明する山田吾郎さん=岐阜市天池、自宅

終戦直前、比沖で米艦撃沈させた潜水艦

 国立研究開発法人情報通信研究機構などのチームが22日から長崎県・五島列島沖で続ける、旧日本海軍の伊58潜水艦の探索を見守る元乗組員男性が岐阜市にいる。男性は太平洋戦争末期、日本海軍の事実上「最後の戦果」とされる米巡洋艦「インディアナポリス」撃沈にも参加。「見つけて引き揚げてもらい、(潜水艦に)『ありがとう』と感謝の気持ちを伝えたい」と話している。

「命懸け乗り込んだ」

 男性は元岐阜市自治会連絡協議会副会長の山田吾郎さん(93)=同市天池=。海軍将校だった義兄の影響もあり17歳で海軍に志願。呉海兵団(広島県呉市)を経て海軍潜水学校(同県大竹市)で学んだ。義兄の知人で伊58の橋本以行(もちつら)艦長に見込まれ、同艦乗組員となった。「この艦が沈むときが自分が死ぬ時だと思って乗り込んだ」。

写真:伊58もう一度見たい 元乗組員、海中探索見守る
伊58魚雷発射管室(米海軍ホームページより)

 海上では、「殺人訓練」と称される訓練が頻繁に行われた。船外で見張りをしている際に急にブザーが鳴り、艦が沈む10秒以内に艦内に戻らなければならない訓練。「次々に急いで艦内に戻らねばならず足を折った人もいた。殺されると思ったくらい、えらかった」と振り返る。

 同艦は1945年7月30日未明までに、フィリピン沖でインディアナポリスを沈没させた。山田さんは当時魚雷の整備士で、艦先頭の魚雷発射管室にいた。敵船を見つけると、艦内は「絶対に逃がすな」と興奮したという。同艦には6発の魚雷を撃ち込み数発が命中。敵艦は沈み、乗員約1200人のうち、約900人が死亡した。

 終戦を知ったのは8月15日を過ぎ、日本に戻ってからだった。橋本艦長に「もっと早く知らせてくれれば」と言うと、「私の立場も考えてくれ」と返された。「途中で知れば艦内で自爆する者もいるからだったのだろう」と振り返る。橋本艦長はよく、「死ぬのではなく、生きて敵を倒してこそ国のためになる」と言っていたという。「それが私が終戦まで生き残った要因と思う」。

 伊58は46年、長崎県・五島列島沖で米軍に処分された。「負けたからしょうがないが、船には惨めな思いをさせたくなかった」と山田さん。探索は26日までで、「もう一度その姿を見たい。引き揚げて、浅いところに置いてほしい」と望んでいる。

 一方、インディアナポリスも先日、米国の民間調査チームにより深さ約5500メートルの海底で見つかった。山田さんは「当時は、殺すのが当たり前という訓練を受けていた。しかし今、子どもたちにあんな思いはさせたくない。戦争は絶対にやってはならない」と訴える。