伊58潜水艦の双眼鏡発見 収集家が公開 − 岐阜新聞 Web
伊58潜水艦の双眼鏡発見 収集家が公開
2017年09月15日09:50
写真:伊58潜水艦の双眼鏡発見 収集家が公開
伊58の乗組員が使用したとみられる双眼鏡を手にする北嶋隆さん=不破郡垂井町宮代

「元乗組員に見せたい」

 太平洋戦争後、長崎県の五島列島沖で処分されて海底に沈み、7日場所が特定された旧日本海軍の伊58潜水艦で使われたとされる双眼鏡が、岐阜県内にあることが14日、分かった。専門家は「非常に貴重な品」と話している。所有者の男性は、岐阜市に住む同艦の元乗組員に双眼鏡を見てもらう予定だ。

 双眼鏡は不破郡垂井町の会社員北嶋隆さん(53)が所有。約30年間、旧日本軍の双眼鏡など戦時中の品を収集しており、双眼鏡は2011年に米国のネットオークションで米イリノイ州の骨董品店から購入した。北嶋さんは「私は技術者なので、当時の技術を知る上で大事な品」と話す。

写真:伊58潜水艦の双眼鏡発見 収集家が公開
伊58の乗組員が使用したとされる双眼鏡=不破郡垂井町宮代

 双眼鏡は縦17・5センチ、横20センチ、重さ1165グラム。当時、軍の双眼鏡を製造していた東京光学機械(現トプコン)のマークが刻まれている。北嶋さんが掃除したため観望は良好。持ち手には「伊58」と「三番」の文字が書かれている。

 全日本軍装研究会代表で戦争遺品の鑑定などをする辻田文雄さん(70)=同市長良雄総=は「文字は艦内の備品(官給品)であることを示しており、伊58の双眼鏡で間違いない」と話す。備品管理のため、艦の名前や管理番号などを書いていたという。官給品が外に持ち出されるのは珍しく、日本海軍潜水艦出身者交友会「伊呂波会」の勝目純也事務局長(58)も「ほとんど見たことがなく非常に貴重」と評価する。

 伊58は戦後米軍に引き渡され、1946年4月に沈められた。「沈められる際、米兵が個人的に旧日本軍の備品を持って帰ることはよくあった」と勝目事務局長は説明する。辻田代表は「米国では遺品として残った旧日本軍の備品を遺族が売ることはよくある」という。

 双眼鏡はケースに入っていた。黒く塗りつぶされているが、うっすらと「先将」「伊58潜」などの文字が判別できる。先将は先任将校の意味とされ、同艦の橋本以行艦長が52年に出版した「伊号58帰投せり」によれば先任将校は同艦水雷長の田中俊雄大尉。海上自衛隊呉地方総監部によると、田中大尉は戦後、自衛隊員となり潜水艦教育訓練隊(広島県呉市)の初代司令などを務めたという。

 北嶋さんは本紙の伊58に関する報道で、元乗組員山田吾郎さん(93)=岐阜市天池=の「伊58を引き揚げて見たい」との思いを知り、「ぜひ双眼鏡を見てほしい」と思い立った。山田さんも「手に取りのぞきたい」と話しており、北嶋さんは16日に双眼鏡を山田さん宅に持って行く。

 北嶋さんは「引き揚げはすぐには難しいが、双眼鏡をお見せすることで喜んでもらえれば」と話している。