明治時代に活躍、県ゆかりの偉人顕彰 − 岐阜新聞 Web
明治時代に活躍、県ゆかりの偉人顕彰
2017年12月31日10:18
写真:明治時代に活躍、県ゆかりの偉人顕彰
「明治150年」にちなんだ県の主な事業

◆県、文化施設で事業展開

 2018年は明治改元から150年の節目に当たる。近年の城ブームや日本刀好きの「刀剣女子」などで脚光を浴びる戦国時代に比べ、明治時代は戦前のイメージが根強く、功績が知られていない郷土の偉人は多い。岐阜県は来月以降、県内文化施設での企画展やイベントで明治時代に活躍した県ゆかりの文豪、画家、財界人らを取り上げ、年間を通じて隠れた郷土の偉人に光を当てる。

 明治150年は、政府がPRロゴを公募するなど全国の自治体に関連事業の取り組みを促している。県は、今年4月に発足した県民文化局を中心に、所管が分かれていた県美術館、県博物館、県図書館などで関連事業を企画。文化施設が年間を通じて同じテーマで企画展などを展開するのは初めての試み。

 明治時代の県ゆかりの偉人には、全国的に知名度の高い文豪や画家が多い。文学では、美濃加茂市出身の坪内逍遙や中津川市出身の島崎藤村らが全国的にも有名。美術では恵那市出身の山本芳翠、中津川市出身の前田青邨らの作品が広く知られている。女子教育の先駆者で、実践女子学園創設者の下田歌子は恵那市岩村町の出身だ。

 一方、著名な人物の中には、岐阜とのつながりがあまり知られていない人も多い。横浜の実業家で知られる岐阜市柳津町出身の原三溪もその一人。若くして岐阜を離れ、生糸貿易や製糸業で成功を収めた。1868年生まれで、来年は生誕150年の節目を迎える。

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録された富岡製糸場を経営したことでも知られ、日本文化を守るため古美術品の収集に力を注いだ。関東大震災では財を投げ打って復興に尽力。横浜の旧家は三溪園として市民に親しまれている。

 彫刻家ロダンのモデルとなった唯一の日本人女性で知られる花子も1868年生まれ。ヨーロッパの舞台女優として活躍し、晩年は岐阜市で過ごした。花子の眠る岐阜市鴬谷の浄土寺には石碑が建立されている。

 これらの偉人については、市民が顕彰を進めているものの、原三溪は横浜、花子はヨーロッパのイメージが強い。岐阜女子大地域文化研究所長で、顕彰に関わった岐阜学会の丸山幸太郎会長(80)は「控え目で保守的な県民性のため、郷土の偉人をあまり誇らず、結果的に功績が知られていない」と解説する。

 来年は幕末の藩士の西郷隆盛を主人公にしたNHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」も始まり、明治時代への注目度は高まりそうだ。丸山会長は「明治期は資料や遺跡が比較的残っていることが多い。郷土の偉人を誇りに思う住民たちが増え、多くの顕彰活動につながれば」と期待を込める。