大正期のつり橋「対鶴橋」解体進む − 岐阜新聞 Web
大正期のつり橋「対鶴橋」解体進む
2018年01月17日08:26
写真:大正期のつり橋「対鶴橋」解体進む
作業員が床板を一枚一枚取り外し、解体工事が進む対鶴橋=中津川市の坂下、山口地区境

 岐阜県中津川市の木曽川に架かる大正期完成のつり橋「対鶴橋(たいかくばし)」の解体工事が進んでいる。作業員が木の床板を一枚一枚取り外し、ケーブルクレーンで搬出。渓谷に作業音を響かせている。

 同橋は、同川の水力発電開発などの功績から「日本の電力王」と呼ばれた明治から昭和初期の実業家・福沢桃介(1868〜1938年)が、同川で最初に“着手”した現関西電力の賤母(しずも)発電所(同市山口)に隣接。

 全長約111メートルの歩行者用つり橋で、1917年に着工した同発電所の建設資材を運ぶために築かれたのが始まり。2本ある鉄筋コンクリート製の主塔には、同川流域の森林鉄道の敷設に協力した南部光臣(当時・帝室林野管理局長官)による「對鶴橋」の揮毫(きごう)が彫り込まれている。

 所有・管理者の関電によると、解体工事は3月まで続き、主塔の取り外しは2月上旬から。橋脚も含めて全て撤去されるが、揮毫は写真から文字の型を取り、記念碑のようなものを作って後世に残す方向という。