戦闘機「隼」エンジン部品 各務原市で発見 − 岐阜新聞 Web
戦闘機「隼」エンジン部品 各務原市で発見
2018年02月08日08:28
写真:戦闘機「隼」エンジン部品 各務原市で発見
発見された「エンジンマウント」を調べる福手一義さん=各務原市鵜沼大伊木町

 太平洋戦争中の旧陸軍の一式戦闘機「隼(はやぶさ)」のものとみられるエンジン部品が各務原市内の農家で見つかった。エンジンを固定し、機体に取り付けるための「エンジンマウント」と呼ばれる特殊金属でできたフレームで、各務原飛行場100年史を語る上で貴重な資料となりそうだ。

 見つかったエンジンマウントは、直径72センチ、長さ65センチ。円形のフレームにはエンジンを取り付けるボルト穴が11個ある。市内の農家の裏庭に70年以上放置されていたのを、市歴史民俗資料館元職員で郷土史家の福手一義さん(67)=同市鵜沼大伊木町=が3年ほど前に見つけ、1月に農家から譲り受けた。

 福手さんが資料などで調べた結果、形や大きさ、ボルト穴の数と形状、一部にアルミ製のパイプが使われている特徴から隼に搭載されたエンジン「ハ115」のものと分かったという。

 隼は、当時の中島飛行機が開発。1941年に旧陸軍の一式戦闘機として制式採用され、各務原飛行場の東飛行場(同市鵜沼朝日町周辺)で訓練飛行が行われた。ハ115は、川崎航空機(現川崎重工業)で一部製造された記録もある。

 福手さんは「当時のエンジン部品が見つかることはまれ。しかも隼のエンジンマウントが出てくるとは驚きだ。各務原の航空産業の歴史を知る上でも重要な資料になる」と話している。

 全日本軍装研究会の辻田文雄代表(70)=岐阜市=は「同型エンジンで、川崎航空機が開発した二式複座戦闘機「屠龍(とりゅう)」の可能性もあるが、いずれにしても後世に残すべき遺産」と話している。

 【一式戦闘機】 太平洋戦争における旧陸軍の主力戦闘機。試作名称は「キ43」、愛称は「隼(はやぶさ)」。中島飛行機が開発し、1938年に初飛行、41年に制式採用された。運動性能と長距離飛行性能に優れ、改良を加えながら終戦まで約5700機が生産された。旧海軍の零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の約1万機に次ぐ2番目の多さ。