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新刊レビュー/2017年08月18日 12:10
『花火の音だけ聞きながら』いがらしみきお著 差し出される無防備な事実
 

 ずっと気になる漫画家だった。不条理なギャグ・ユーモア漫画から近作『I(アイ)』では神と私の意味を問い、『誰でもないところからの眺め』では震災後の東北で生きる人々の深奥に生じる異変を描いた。

 哲学的、不条理、狂気といった言葉で形容される作品を満たす不穏な気配が、このエッセー集にも漂う。日々の身辺の出来事を飾り気なく記す合間に、原石のように無防備な事実がすっと差し出される。

「この世界は圧倒的に他人だらけです。『自分』は、私たったひとりしかいない。私が生まれる前も、死んだあとも、どこにも『自分』はいないのです。(略)そして、有史以来、どれほどの他人が生まれ、死んでいったことか。それらすべてが『自分』と同じように、人生というものに翻弄され、(略)この世界とはなんなのかも知らずに死んで行ったのでしょう」

 こんな思索の断片も。

 世界は言葉でできている。人間は言葉によって物事を伝えようとする。だが「愛している」と言いながら、その時の気持ちが「愛している」という感情なのかどうかさえ確信が持てない。人間は正しく言葉を使えない。それがこの世のあらゆる問題の原因ではないか――。

 書名は「花火の音だけ聞きながら、人の中に入って行けない」という自己認識から来ている。幼い頃から難聴だった著者にはどんな音に聞こえていただろう。あるいは音もなく、夜空に咲く火の花を一人見ていたのではなかったか。そんなことを勝手に想像した。

(双葉社 1200円+税)=片岡義博