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新刊レビュー/2017年09月22日 11:12
『ちゅうちゃん』向山義彦著 「愛」と「自由」を学んだ男の激動の人生
 

 こんなに素晴らしい本に出会えるなんて!

 常套句のようなこんな言葉を使うのは、本欄を担当させて頂き4年以上、のべ160冊以上の本をご紹介してきたが、まったく初めてのこと。

 できるだけ“大きな言葉”を使わず、本が持つ風合いを魅力的に伝えることで興味を持ってもらいたいと思っていたからだ。その思いは今も変わらないけれど、私の個人的な思いなどもはやどうでもいいというくらい、この本はすごかった、面白かった。私は今、一人でも多くの人に読んでもらわなければという使命感すら抱いている。

 と、私の意気込みだけでいくらでも続けられそうだが、やはり本の中身を伝えるべきであろう。

 本書はとある一人の日本人、大正11年に山梨県で生まれた男性が、自らの人生を小説としてまとめたもの。所謂自伝的小説である。

 向山氏は子どもの頃、親戚の家で偶然、英語の雑誌を見付ける。そこに広がっていたアメリカの生活は当時の日本では信じられないほど、美しく豊かなものだった。少年・向山氏はいつか必ずアメリカに行くと決意し、真剣に英語を学び始める。

 貧しさと時勢の厳しさの中で中等部に進学するも、やがて徴兵され戦地へ。終戦後はGHQでアメリカ人に囲まれて働きながら、大学で英文学を専攻。アメリカ留学を夢見るが、その頃はまだ日本人が米ドルを持つことが禁じられていたような時代。一家の長男としての責任や結核での長期入院もあり、夢は夢のまま時だけが過ぎていった。

 しかし三十代も半ばを過ぎた頃、あらゆる努力が実ってついにアメリカに渡ることに。日本人など誰も見かけないテキサス州の大学院で、ハンバーガーの味に驚きつつ、分厚い専門書に悪戦苦闘する日々が始まった……。

 かなり端折ってお伝えしているのであり、本当はここに書いたことの何十倍もの出来事が起こっている。細部まで鮮やかに描写されたそれらはいちいち味わい深く、同時に苦難を目の前にしても学ぶことを諦めない向山青年の姿はどこまでも清々しい。そしてアメリカ留学は決してゴールではなく、そこから真の意味での学びの時がやってくるのだが、そこからがまた小説としてとてもいい。

 これはアメリカと英語から「愛」と「自由」を学んだ一人の日本人の物語。

 私たちにとってその二つの言葉は、手垢が付いて使いにくい言葉の代表になっているけれど、実はそもそもちゃんと学んでいなかったのではないか? この本を読めばきっと誰もがそう思うに違いない。

 激動の時代を生き抜いた人の物語という括りには収まらない、極めて今日的、いや普遍的なメッセージを放つ小説だ。

(幻冬舎 1700円+税)=日野淳