エンタメTop
おすすめシネマ
音楽玉手箱
フロントライン
 
新刊レビュー/2017年11月03日 07:04
『笑うお葬式』野沢直子著 女が世界を抱きしめる日
 

 父への思いを回顧した、女性の書き手によるエッセイ本。向田邦子の『父の詫び状』を筆頭に、数多あるそれらの作品群の中で、本書が異彩を放っているのは、書き手が捨て身系お笑い芸人であることと、描かれる父親の人生がどこまでも痛快であることだ。

 野沢直子。バラエティ番組に出まくっていた絶頂期に単身渡米し、サルの着ぐるみ姿でバンドを組み、そこで出会った男性と結婚をして家庭を持った。

 本書は、私たちが知らなかった野沢直子の人生と、野沢直子が知らなかった父親の人生で編み上げられている。

 少女時代。父が仕掛ける事業の成否で、一家の暮らしは急上昇と急降下を繰り返す。そしてそのいずれにあっても、母は一切の文句なく、父を信じきっている。やがて父が、唐突に姿を消す。そして唐突に帰ってくる。父がよそに家庭を持っていることが知れる。思春期の娘は、それでも明るい母の心がわからない。いつしか娘は成長し、すっとんきょうな爆裂キャラで人気タレントになる。母が急死し、韓国人の異母弟とその母親が現れ、やがて父との別れが訪れる。遺品を整理するうちに、彼女たちはタイにも、異母妹がいることを知る。

 まず本書を貫いているのは、書き手の共感力である。自分には理解できない事態を、見ないふりも、なかったことにもせずに、まるごと食らって受け止める。あの時の、父の気持ち。それを受けての、母の気持ち。さらには、あの日の自分の気持ち。野沢直子は娘として、あるいは母親として、自分の心を丸出しにして、父や母を、愛する人たちを理解しにかかる。その、巨大な存在へのかじりつきっぷりが極めて誠実で、胸がぎゅっとなる。

 タイに義妹がいるとわかった時、彼女は「会いに行く」という選択をする。そこにも彼女の、凛とした決意があるのだ。

 自分は、父親を受け止める。父親が愛した人たちを受け止め、抱きしめる。もっと言うなら、彼女は世界を受け止め、抱きしめている。何が起こるか、何が秘められているかなんてまるでわからないこの世界を、まるごと。

 だから読み手も、彼女を抱きしめたくなるのだ。それから、自分の親たちのことも。見えないところで、それはもう世界中で、この本はこれから先、幸福な抱擁をいくつも促していくのだろう。

(文藝春秋 1250円+税)=小川志津子