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エンタメ・フロントライン/2017年11月16日 16:23
ナチス占領下のフランスでジャズは… 『永遠のジャンゴ』
『永遠のジャンゴ』(C)2017 ARCHES FILMS - CURIOSA FILMS - MOANA FILMS - PATHE PRODUCTION - FRANCE 2 CINEMA - AUVERGNE-RHONE-ALPES CINEMA
 

 1960年代のマカロニ・ウエスタンに『ジャンゴ』(邦題は『続・荒野の用心棒』)という作品があった。それを元ネタにした『ジャンゴ 繋(つな)がれざる者』という西部劇が後にアメリカで作られた。ならば、11月25日に公開されるフランス映画『永遠のジャンゴ』も同じ系統かといえば、全くそうではない。今回のジャンゴは銃をぶっ放したりしない。その代わり、機関銃のようなスピードでギターを弾きまくる。つまりこの映画、ジャズ史上に燦然と輝く実在の名ギタリストにして“ジプシー・ジャズ”の創始者、ジャンゴ・ラインハルトの物語なのである。

 ジャンゴは1910年にベルギーで生まれ、子供のときから音楽の才能を現した。18歳のとき火事に遭い、左手の指2本が動かなくなったが、それにめげることなく独自の奏法を編み出し、常人以上のテクニックを身に付けた。バイオリン奏者のステファン・グラッペリらと34年に結成した「フランス・ホット・クラブ五重奏団」は、アメリカのスイング・ジャズとジプシー音楽を結びつけ、フランス国内はもとより、欧米各国で大きな人気を博した。歯切れのよいリズムに乗った、時にメランコリックな、時に甘く華麗な五重奏団の演奏スタイルは、今日に至るまで多くの追随者、あるいは影響を受けたミュージシャンを生んでいる。世界各地に「何々ホット・クラブ」と称する楽団が存在し、筆者の手許にもノルウェー、アメリカ、日本、フランスなどの“ホット・クラブ”のCDが合わせて10枚ほどある。

 『永遠のジャンゴ』の舞台はナチス占領下のフランス。エチエンヌ・コマール監督は「ジャンゴの人生におけるその時期は、音楽が我々を世界からどれほど切り離すことができるかを証明する良い例だった」と述べている。暗い世相にもかかわらず、あるいは世の中が暗いために一層、ジャンゴの音楽は市民に喜びを与えた。一方でドイツ兵も彼の演奏を享受した。ジャンゴはそのはざまで複雑な思いを抱いただろう。音楽は人間を世界からどれほど切り離すことができるのか―。答えは人それぞれだと思うが、ジャンゴの音楽(映画ではローゼンバーグ・トリオが演奏)にある種の魔力があることは確かだ。

 本作の細部で印象に残ったことの一つに、ジャンゴの名字の発音がある。日本では「ラインハルト」とドイツ風に表記されるのが通例だが、どうも「レナルト」に近い音に聞こえる。フランス人だけでなく、ドイツ兵も同じように言っていた。

 ジャンゴの音楽で人々がどう踊ったかを見られたのもうれしい。フランス人の集まるキャバレーでも、ドイツ軍人のためのパーティーでも、みんなアメリカのダンス「リンディ・ホップ」を基本とするスタイルで踊っていた。リンディ・ホップはスイング・ジャズに合わせて踊る軽快でダイナミックなペアダンスで、1927年に初めて大西洋無着陸飛行を成し遂げたアメリカの飛行家チャールズ・リンドバーグの愛称から名前を取ったと言われている。

 笑いたくなる場面もあった。ドイツ将校のパーティーで演奏したとき、ジャンゴたちは演奏する音楽に厳格な(そして滑稽な)条件をつけられた。ブルースは禁止、スイングの曲は全体の2割だか3割だかが限度、シンコペーションは5パーセントまで、非アーリア系の楽器を使ってはならない―など。もちろんバンドのメンバーは一切無視した。

 ジャンゴのハリウッド・スターに対するあこがれも描かれた。ジャンゴ役のレダ・カテブがタバコに火を点けるときのしぐさは、ハンフリー・ボガートのまねをしているように見える。少なくとも筆者はそう思って微笑したが、当たっているかどうか…。

 ところでこの映画には、ステファン・グラッペリが出てこない。五重奏団の英国ツアー中に戦争が始まり、ジャンゴはフランスへ戻ったが、グラッペリはイギリスにとどまったためだ。グラッペリの不在はジャズ・ファンにとって残念だが、ジャンゴに焦点を合わせて描くのには好都合だったかもしれない。

 この映画では、戦争、音楽、ジャンゴその人―の3要素が密接に絡み合う。見終わった時には、ジャンゴの音楽を「フレンチ・テイストのお洒落なジャズ」とだけ理解して済ませるわけにいかなくなるだろう。(松本泰樹 共同通信記者)

☆『永遠のジャンゴ』は11月25日(土)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開 配給:ブロードメディア・スタジオ