 |
| 杉本博司「スタイアライズドスカルプチャー003[川久保玲 1995]」2007年 衣装所蔵:公益財団法人京都服飾文化研究財団 (C)Hiroshi Sugimoto/Courtesy of Gallery Koyanagi
|
育休を終え職場復帰したはいいけど、満員電車で気分が悪くなり、会議に出たら皆の言葉がなぜか理解できずに宙をふわふわ。こんなときに美術鑑賞ってどうなの? と思いつつも出掛けてみました。
まずは日本初公開作品も多い「レオナルド・ダ・ヴィンチ美の理想」展(6月10日まで渋谷Bunkamura、1階にベビーシートあり。授乳室は隣接の東急百貨店)。今まで天才に親しみなんて感じたこともなかったのですが、聖母子像をみたとき、衝撃を受けたのです。もしや世紀の巨匠は「ママが大好き」?
理想の女性=ママなら、モナリザにもお色気を感じないわけです。私生児として生まれ、母との同居はかなわなかったという生い立ちを知れば、もう「げっぷは出たの?」と背中をトントンしたい気分。
神々しい幼子イエスの表情…でもおや? あれは赤ちゃんが箱からティッシュをぜんぶ引き出しちゃうなど、イタズラに夢中になっているときの顔じゃあありませんか! いかに現実のものを研究しつくして絵画を構成していたか。巨匠、さすがです。
この2年は服に対する意識が変わった年でもありました。妊娠して体がふくれると着られるものは激減。いざ小さな「おっぱい星人」が来てみると「ママは裸のほうが便利で居心地がいい」と主張される…。
「服っていったいなんなんだろ?」。そう思ったら杉本博司さんの個展「ハダカから被服へ」(7月1日まで、原美術館。多目的トイレ内におむつ交換台、授乳室ナシ)へ。
一糸まとわぬ先祖の写真(実は博物館のジオラマを撮ったもの)、そして歴史上のセレブを映画の一場面のように撮った写真(本当はろう人形)などこれまでの作品が、くすくす笑わせながら哲学的な思考へいざないます。
でもメーンは、シャネルなど近現代のデザイナーによる服を撮影したシリーズ。完璧なフォルムを撮るため、夏の京都で空調を止めて撮影したという作品群からは、流行や色、喧噪や演出といった虚構性がそぎ落とされ、静かなモノクロームのなかに、圧倒的な素材や造形の力、デザイナーが表現したかったことが現れ出ているのでした。
たとえばヴィオネのドレスから浮き上がるのは、まるで禅寺の庭か琳派のごとき文様。西欧のモードに“殴り込み”を掛けたヨウジヤマモトの服からは強烈な反骨精神。そして前衛的なコムデギャルソンが見せたのは意外にも和風の美。古美術にも詳しい杉本さんは、竹を連想させるドレスに、まじめくさって銘をつけました。「筒持たせ(美人局)」。
今となっては買い物に行っても、「おしゃれか」より「授乳できるのか」や「抱っこひもを装着できるのか」などが最優先…。でもそんなトホホな経験も、展覧会をみると、時代と自分史の大事な交差点なんだな、と思えてきます。
ママのみなさま。育児にも仕事にも直接なんの役にもたたないけれど、アートに触れれば、ばたばたの毎日が輝いて見える。手は荒れてがさがさだけど、きっと今までとは違う、新しいものの見方をしていることに気付くから。(中井陽・共同通信文化部記者)
|