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エンタメ・フロントライン/2017年10月05日 14:15
旅する名優よ、安らかに 我が心のH・D・スタントン
2006年にハリウッドで行われた新作上映会に登場したハリー・ディーン・スタントン(ロイター=共同)
 

 愛に絶望した男が米南部の荒野を歩き続ける、現代社会に背を向けるようにして―。カンヌ国際映画祭の最高賞に輝いた映画「パリ、テキサス」(1984)で鮮烈な印象を残した米俳優、ハリー・ディーン・スタントンがこの9月、91歳で世を去った。名前にピンと来なくても、外国映画をよく見る人なら顔を知っているだろう。

 くぼんだ目に高い鼻、痩せた長身の体躯。鼻にかかった声は時に甘く、時にエキセントリックに響いた。スタントンは50年代から西部劇や戦争映画のくせのある脇役として、数多くの作品に出演した。「SFホラー」の古典といえる「エイリアン」(79)では、宇宙船内で猫を追い掛けているうちに異星人の餌食になる、あまり職務熱心とはいえない乗組員を演じた。どこから異形の生物が現れるのか分からない恐怖を、観客に味わわせた。

 同じくカンヌ最高賞のデビッド・リンチ監督「ワイルド・アット・ハート」(90)で扮したのは私立探偵。自由を求めて出奔したニコラス・ケイジとローラ・ダーンのカップルを車で追い掛けるのだが、探偵でありながら、いかにも頼りなげな感じがスタントンらしかった。

 刑務所を舞台としたトム・ハンクス主演の「グリーンマイル」(99)では、死刑のリハーサルの際に囚人役をやらされる雑役係を演じた。風変わりなキャラクターは、深刻なテーマにユーモアを添えるのに一役買った。

 何しろ出演作は100本以上といわれる。昔の映画を見ていると、この作品にも出ていたのかと驚かされることがある。先日、久しぶりに見返す機会があった「ゴッドファーザー PARTII」で、マフィアの証人を保護するFBI捜査官役で出演しているのを“発見”して、思わずにやりとしてしまった。リンチ、フランシス・フォード・コッポラ、サム・ペキンパー、ロバート・アルトマン…特に作家性の強い名監督たちから重宝された。

 そんなスタントンを主役に据えたのが、「パリ、テキサス」のヴィム・ヴェンダース監督である。

 主人公のトラヴィスは、何年も米南部の荒野を放浪した後、テキサスで倒れたが、記憶の一部をなくして言葉もなかなか発することができない。ロサンゼルス郊外にある弟の家に身を寄せ、生き別れた息子と再会する。そして、行方の分からない妻を捜そうと、一緒におんぼろトラックでテキサスへ戻るのだった。

 ロードムービーを代表するこの作品、物質文明など“アメリカ的なもの”に対する批判が根底にあり、観念的なきらいもあったが、空虚な心を抱えたトラヴィスと天真爛漫な息子の2人旅が胸に染みた。

 「パリ、テキサス」に対するオマージュだと勝手に理解しているのが、リンチ監督の感動作「ストレイト・ストーリー」(99)だ。年老いて体の衰えを悟った男(リチャード・ファーンズワース)が、仲違いして疎遠になっていた兄の病気の知らせに、トラクターにまたがって会いに行くロードムービー。オープニングのクレジットに名前のないスタントンが、最後に登場して泣かせた。

 昨年撮影を終え「最後の主演作品」となってしまった「LUCKY」(原題)が、来年3月に日本公開の予定だ。俳優仲間のジョン・キャロル・リンチが監督し、スタントンの「人生とキャリア」に捧げた映画で、90歳の男が“自分探し”を始める物語だという。だが、本人は公開を待たずに自分の人生からフレームアウトしていった。

 長い俳優生活の中で、さまざまな旅を見せてくれたスタントン。放浪を続けてきた名優がようやく安住の地を見つけたといえるのかもしれない。合掌。(共同通信文化部記者・伊奈淳)