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エンタメ・フロントライン/2017年10月19日 12:51
警官の追求はいつか思慕に 映画「ネルーダ 大いなる愛の逃亡者」
「ネルーダ 大いなる愛の逃亡者」の一場面(11月11日から新宿シネマカリテほか全国で順次公開 (C)Fabula, FunnyBalloons, AZ Films, Setembro Cine,WilliesMovies, A.I.E. Santiago de Chile, 2016)
 

 チリの国民的詩人、パブロ・ネルーダ(1904〜73年)の伝記映画を作るとなって、オーソドックスな手法を採るとすれば、その謎めいた死が幕開けに選ばれるだろう。回想シーンは、外交官としてスペインに赴任し、内戦を機に反ファシズムの立場を取って政治に傾倒しゆく姿。続いて第2次世界大戦後に亡命生活を余儀なくされ…と、生涯をなぞれば、それだけでドラマチックな構成になる。

 だが映画「ネルーダ 大いなる愛の逃亡者」が描くのはわずか1年ほどの出来事だけ。共産党に入り、逃亡生活を始めたころに光を当てる。語り手に詩人を追う警官を選び、彼の内面の変化を描く。

 第2次大戦の終戦から3年後、上院議員のネルーダ(ルイス・ニェッコ)は自宅でにぎやかな宴を開いていた。東西冷戦の影響で、チリで共産党が非合法化されるという知らせがその栄華に影を落とす。やがてビデラ大統領は警察官ペルショノー(ガエル・ガルシア・ベルナル)にネルーダの逮捕を命じる。

 亡命が果たせなかったネルーダは、画家の妻と国内で身を隠す。そんな逃亡生活で代表作となる詩集「大いなる歌」を編む。しかしストイックさからは遠く、そんな生活の中でも酒場に繰り出しては裸の美女たちと戯れる。何度もペルショノーの手に落ちそうになるが、そのたびに逃れ、それどころか、あえて手掛かりを残す。やがて“鬼ごっこ”の舞台はチリ南部の雪原へと移り、2人の運命が大きく動く。

 ネルーダといえば、映画「イル・ポスティーノ」でフィリップ・ノワレが演じた老詩人が印象深いが、今回のネルーダは精力も色気も才気も豊かで、半面享楽的で弱さも隠さない一人の男。美男の警官もそれに劣らぬ魅力。ペルショノーの心の揺らぎは、思想信条によって「犯罪者」が生まれる不条理がベースにあるのは確かだが、それだけではない。詩人という大きな存在を前にして追及が思慕に似たものに変わっていくのだ。なるほど、これは心理サスペンスであり、伝記映画ではない。

 パブロ・ラライン監督はなぜ、これほど焦点を絞ったのか。プレス資料にあるインタビューによれば、「パブロ・ネルーダは、ひとつのカテゴリーに収まらない、とても複雑で計り知れないクリエイター」であり、業績や人となりを一本の映画にまとめるのは「不可能だと思った」から。光を当てたかったのはネルーダの「創意と遊び心」だという。

 以下は余談。この映画は全く触れていないが、ネルーダは70年の大統領選で左派統一候補のアジェンデ当選に尽力。翌年にノーベル文学賞を受け、73年にピノチェトがクーデターで政権を奪取した直後に病死する。軍事政権はネルーダの自宅を徹底的に破壊したという。毒殺されたのではないかという疑いを検証するために近年、遺体が掘り起こされたニュースは記憶に新しい。いつかネルーダの別の「1年」を扱った映画も見てみたい。(上野敦 共同通信文化部記者)