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エンタメ・フロントライン/2017年11月02日 17:48
今も熱い、演芸の「力」 百貨店で体感した濃密空間
日本橋高島屋亭で講談を演じる神田松之丞
 

 まだ落語ブームは続いているらしい。一演芸ファンとしてはうれしいが、素直には喜べない。確かに人気落語家のチケットは入手しづらいようで、伸び盛りの若手が出る早朝、深夜の寄席興行は行列ができるほどだ。

 だがそれは、落語ではなく好きな落語家を目当てに集まっているのではないか。二度と同じものには出合えない、生の演芸のスリリングさを味わえて、演者もあふれんばかりの熱量を客席に伝えられているのだろうか。そんなモヤモヤがくすぶって仕方がなかったとき、やっぱり演芸には力があるんだと思わせてくれた催しを紹介したい。

 先に白状しておくが、筆者はほんの少し裏方としてイベントに関わった。それでもなお、伝えたいほどの得難い経験だったということを、どうかご理解いただきたい。

 時は7月の最終金曜日、プレミアムフライデー。どうにも定着しそうにない「プレ金」を盛り上げ、さらに、江戸のにぎわいの中心だった東京・日本橋を、東京五輪・パラリンピックを見据えて活性化させようと始まったのが、若手の落語家、講談師が顔をそろえる「日本橋高島屋亭」だ。

 老舗百貨店と庶民の芸。しかも舞台は同店正面玄関を入ってすぐのオープンスペースに設けられた。見事なミスマッチ。だが、公演前にインターネット上で「この顔ぶれが無料で見られるとは」とつぶやかれるなど、落語ファンから好反応も。観客が集まりすぎたらどうしようと、どきどきしながら当日を迎えると…、ほどほどの人出だった。

 30席ほどのパイプいすは埋まり、その周りを立ち見の人々が囲んで、第1部が始まる午後3時半ごろの観客は約80人。買い物に来たら変わったことをやっているから立ち止まった、という感じのお客さんが大半か。そんな状況で幕を開けた。

 出演者は、前座の橘家かな文に、真打ちを目指す「二つ目」という身分の入船亭小辰、柳亭小痴楽、桂宮治、そして落語家に交じって唯一の講談師だった神田松之丞。二つ目の鍛錬の場「神田連雀亭」を立ち上げるなど、若手を後押ししているベテラン真打ち古今亭志ん輔が、自信を持って送り出した精鋭たちだ。

 こういう場では、少しでもお客さんの気を引こうと奇をてらったネタに手を出しがちだが、みな正面から古典的な落語、講談を披露した。

 一番沸かせたのは、トリを務めた松之丞だった。演じたのは、那須与一が船上の扇を射るあの名場面。張り扇で講釈台をたたいて語り観客を引き込みながら、状況説明を2度繰り返した。なぜ2度も? 「劣悪な環境ですから、みなさんに届いているか心配になって…」

 誤解のないように補足すると、このスペースは吹き抜けになっていて、開放的で大変趣のある空間なのだが、演者からすると音がどこまでも広がっていくので、自分の声が奥のお客さんまで伝わっているのか不安になってしまうのだそうだ。そういう意味で「劣悪」なのだが、ここでどっと受けたのも事実だった。

 馬のいななきを演じれば「今は拍手があってもいいんですが」。終盤、ヤマに場入ると「時間はないが、私には明日はない。続きを申し上げてよろしいでしょうか?」。畳み掛けるようにあおり、観客も拍手と笑いで応える。オープンなのに濃密な空間が創出された。

 夕方からの第2部になると、上着を肩に掛けたサラリーマンが目につくように。第1部の後、そのまま残ったお客が結構いたのは、決して暇なだけではなかっただろう。

 松之丞は「劣悪な環境」「一番若い男の講談師は私。みなさん、貴重なものを見ているんですよ」とさらにあおり、トリの宮治も負けずに「落語家になったきっかけは、日本橋の高島屋で落語をやりたかったから」。おなじみの「ちりとてちん」を熱演し、ぎりぎりのオーバーアクションで最後まで突っ走った。

 とにかく、持っている芸をぶつけようという、若手の心意気を体感できたのがうれしかった。江戸時代に寄席が始まった頃、なんとか往来の人々を引き込もうと声を張り上げ、芸を磨いて工夫を重ねた先人たちの姿が浮かんできた。そんな芸人が見せる芸には、生き物のように力が宿るものだと確信した1日だった。

 プレ金に日本橋を訪れた際、重厚で風格のある建物には似つかわしくない歓声が聞こえてきたら、ぜひお立ち寄りを。お代は結構。若手の思い、熱を受け取り、笑いで返してくだされば。