ふるさとへの便り

日中の2012年 

友好関係問う一年 「尖閣」乗り越え改善へ
写真:「元気な日本」展示会場に来場する中国の市民=中国

「元気な日本」展示会場に来場する中国の市民=中国

 今年も残すところあとわずかとなりました。この一年は、私にとって、日中友好のあり方、交流の大切さを問う一年だったように思います。

 昨年3月11日に発生した東日本大震災を機に、日本からの輸出は全面的に禁止、団体の訪日旅行も中止に追い込まれるなど、さまざまな分野で交流がいったん停止しました。

 しかし、「こんな時こそ、オールジャパンで難局を乗り越えよう」との思いで、上海でもさまざまなイベントが企画され、大勢の中国人が参加してくれました。日本に対する中国人の厚意にも接し、モノや人の往来は減ったものの、かえって心の交流は増したのではないかと思うほどでした。

 そのような雰囲気の中で、日中国交正常化40周年に当たる2012年を迎えました。2月に外務省が主催した「元気な日本」展示会等を皮切りに、さまざまな記念行事が行われ、私もそのような機会に岐阜県のPRをしてまいりました。各方面の努力が実り、年初から8月までの訪日観光客数は、震災前年を上回り、過去最多で推移するほどまで回復し、年間を通じても過去最多となることが確実視される状況を喜んでいました。

 ところが、9月に尖閣諸島問題が発生すると、中国各地で大規模な反日デモが行われ、状況が一変してしまいました。各種のイベントはことごとく中止または不参加に追い込まれ、私も岐阜県をPRする多くの機会を失いました。

 また、残念なことに、中国人から暴行されるといった事件も発生し、一時は恐怖感さえ感じるほどでした。東日本大震災の被災者に対して示された厚意が、尖閣諸島問題を通じて“怒り”に変わってしまったのか? と疑ってもみましたが、身近にいる中国人と話し、在住日本人の声を聞くと、厚意を示した人たちが怒りを示した人たちに変貌したのではないということ、そして怒りを示した人たちは本当に少数だということが分かってきました。

 改善に向けた動きはすでに出始めています。私も、元中国浙江省杭州市長が「中日両人民世世代代友好下去」(「日中両国民の友好関係がいつまでも続きますように」の意)と揮毫(きごう)した石碑(岐阜市の日中友好庭園内)に込められた思いを胸に、震災後に厚意を示してくれたような人を増やすために、これからもより多くの人たちと交流を続けていきたいと考えています。どうか新しい年が友好に満ちた年でありますように。

【土田隆志さん】
写真:土田隆志さん
つちだ・たかし 2010年3月から県上海駐在員。主な業務は観光PR、県内企業支援、岐阜県人会開催など。岐阜市出身、46歳。

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