ふるさとへの便り

パラグアイ

途上国での生活再び
写真:アスンシオン市街の景色=パラグアイ

アスンシオン市街の景色=パラグアイ

 3年前、母を自宅でみとって以来、再び途上国で生活してみたいという思いになり、協力隊員としてモンゴルの地にあった長男からの刺激も加わって、妻もそれを許してくれた。その結果、垂井、東京、ウランバートル、そしてアスンシオンとわが家族は四散し、最近、長男がロンドン近くに移り住んだが、四散状態は続く。

 パラグアイは季節が日本とは正反対で、時差13時間。日本で沈んだ直後の太陽が昇り、9階にある私の部屋の東窓の左右を一往復した。首都東部の全体が見渡せるこの部屋からの風景が気に入っている。赤瓦屋根を載せた民家の合間は緑の樹木で満たされ、季節によって幾種類もの花がつく。特に、6月から7月までが盛りの桃色の花はラ・パチョ。いわば日本の桜のような存在。

 勤務する学校までの約2.5キロを歩いて往復する。行きはのっけから坂道がありこたえるが、早足で歩く。国内最大の市場を通過する歩道にはすごい量と種類のごみが散乱し、積み上げられている。歩道のタイルが剥がれ、ふたが無い量水器も多い。並ぶ店の朝一の仕事は店前の掃除。ほうきでごみや落ち葉を集め、それを道路に落とすだけ。使った水も同様。露店があると歩道幅は極端に狭くなる。

 「車優先」の道路の横断にも気を配る、障害物競走のような25分間で学校に着く。帰りは、少し遠回りだけれど静かで緑豊かな住宅街を通る。散歩や買い物の範囲なら道路の位置関係が把握できるようになり、着任当時の心細さや不安感はいつしか消えた。スペイン語に多少慣れ、朝ロビーで現地の新聞の見出しに目を通すだけでも、この国や社会の動向の概要を把握できる。1年経過した現在、不自由も不満も無い日々を過ごせる感謝の日々。この年齢での「独身生活」は、訪れるかもしれない「独居終末期」の練習と思えばいい機会でもある。

【桐山芳和さん】
写真:桐山芳和さんさん
 きりやま・よしかず 20代に青年海外協力隊に参加、帰国後、建築設計事務所自営の傍らOB会活動に従事。昨年、業務を一時休止し、シニアボランティアとして首都アスンシオン国立工業高校建設科アドバイザーとして活動。不破郡垂井町出身。65歳。

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