ふるさとへの便り

フィリピン

日本人として貢献を
写真:ODAで建設された小学校の子どもたち=フィリピン(NPO認定法人アイキャン提供)

ODAで建設された小学校の子どもたち=フィリピン(NPO認定法人アイキャン提供)

 日本から飛行機で約3時間半。見上げるとヤシの木の向こうに広がる真っ青な空、さんさんと照り付ける太陽。流れ出る汗を拭きながら周りを見渡せば、重なり合うトタン屋根の古い家々と、そのすぐ隣に林立する超高層ビル街。車を走らせれば大渋滞へと引き込まれ、クラクションが鳴り止まない大通り。どこにいっても人であふれかえり、人々の絶えない笑顔と人なつっこい振る舞いに自然と癒やされる。

 私は昨年5月から、そんな南国の国・フィリピン(マニラ)で生活をしています。今年は、日本とフィリピンが国交正常化を樹立して60周年となります。その重要な節目である今年1月、天皇、皇后両陛下によるフィリピン御訪問が実現しました。歴代の陛下として初めての御訪問となり、フィリピンは歓迎ムードに包まれました。今回の御訪問は、両陛下の強い意向を踏まえ、先の大戦で亡くなられた日比両国の戦没者への慰霊も行われました。

 今から71年前、フィリピンはわが国にとって最大の激戦地となり、当地における日本人戦没者は51万8000人、フィリピン人犠牲者は111万人にも上りました。特に、現在私が住んでいるマニラは、一般市民を巻き込む市街戦により、10万以上にも及ぶ人命とともに多くの文化遺産が破壊され、フィリピンの戦後復興に大きく影を落としたことは否めません。

 アキノ大統領主催晩餐会において天皇陛下が、多くのフィリピン人の命が失われたことに対し「私ども日本人が決して忘れてはならないこと(抜粋)」と述べられたように、戦後70年を過ぎた今、日本人として風化させてはいけない歴史をあらためて感じさせられた御訪問でした。

 国交正常化から60年、日本はさまざまな形でフィリピンの戦後復興および発展に協力してきました。その一つが政府開発援助(ODA)です。フィリピンは、マニラを離れると、まだまだ国土の大部分は貧しい地域となっています。現在、私が担当する草の根レベルの開発援助では、そのような地域に小学校や保健センターなどの必要な施設整備を行っています。完成した小学校を背に、満面の笑顔を見せるフィリピンの子どもたち。今回の両陛下御訪問が成功裏に終わった今、私は残る任期1年の中で、日本人として、この国にできる限りの貢献をしていきたいと思っています。

【渡邉卓弘さん】
写真:渡邉卓弘さんさん
 渡邉卓弘(わたなべ・たくひろ) 2015年5月赴任。在フィリピン日本大使館二等書記官として勤務(岐阜県庁から出向)。経済部に所属し、主に政府開発援助(ODA)、日比間の地方連携等を担当。可児市出身。35歳。

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