ふるさとへの便り

リトアニア

語り継がれる千畝氏
写真:リトアニア・カウナス市の「杉原記念館」

リトアニア・カウナス市の「杉原記念館」

 リトアニアは、バルト海沿岸にある美しい国です。正式名称はリトアニア共和国、国土面積は日本の約6分の1(北海道の約80%の面積)、人口は約300万人弱の国です。隣国のラトビア、エストニアとともに「バルト3国」と呼ばれ、1991年にそろってソビエト連邦から独立しました。かつて、この国はリトアニア大公国と呼ばれ、15世紀には、バルト海から黒海に及ぶ広大な国土を有し、東ヨーロッパ最大の国家でした。しかし、幾多の変遷を経て、その後、帝政ロシアの支配下に置かれていました。

 リトアニアは、100年以上前から日本との関係の深い国でもあります。1905年、当時小国であり、世界に名前さえあまり知られていなかった日本が、日露戦争で大国ロシアに勝ったことに注目し、日本に憧れを抱く若い知識人がリトアニアには多くいたことや、さらにそれがリトアニアを独立に向かわせる勇気の原動力となったからです。後に18年のリトアニア独立宣言の署名者の一人となったステポーナス・カイリース(1879〜1964年)もその一人で、訪日経験がないにもかかわらず、「日本論」という小冊子をリトアニア語によって著しています。

 第2次大戦以前、ユダヤ人の居住を奨励し、自由を認めていたリトアニアは、欧州におけるユダヤ人居住の中心地の一つで、その首都ビリニュスは「北のエルサレム」と呼ばれるようになりました。ユダヤ人にとって安心して暮らせる国でした。その結果、第2次世界大戦中にナチスドイツに追われた多くのユダヤ人がリトアニアに逃げてきました。岐阜県出身の杉原千畝(ちうね)領事代理は、それらのユダヤ系避難民を救うための日本通過査証(ビザ)を発給しました。杉原千畝領事代理は、リトアニアの人々の注目を集め、知られている日本人の一人です。

 1939年に開設されたカウナス市の日本領事館は、現在「杉原記念館」となっています。その他にも、首都ビリニュス市内には「スギハラ通り」と命名された通りや、杉原千畝生誕100周年の2001年、ビリニュス市内のネリス河沿いに記念碑が建立され、桜の苗木の植樹が行われました。現在、その場所は「スギハラ桜公園」と呼ばれるなど杉原千畝氏の名前が付けられています。日本とリトアニアの関係において、杉原千畝氏の人道行為は今なお、人々の間で語り継がれています。

 中世の面影を残す首都ビリニュス市の町並みは、ユネスコの世界遺産に登録されています。来年はバルト3国がそろって独立100年を迎えますが、リトアニアを含むバルト3国は、民俗風習や衣装も多数残されており、ユネスコの無形文化遺産に登録されている4年に1度の「歌の祭典」も開催されます。

 岐阜県の緑豊かな森林や清流「長良川」などの自然は、親日家であり、自然をこよなく愛するリトアニアの人々にとって相通ずるものがあります。リトアニアの人々と接していただければ、岐阜県に対する理解も深まるものと考えます。日本(岐阜県)との交流が活発化し、今後も一層の友好関係の発展が期待されます。

【山裕規さん】
写真:山裕規さんさん
 山裕規(たかやま・ひろき) 2016年4月に赴任。在リトアニア日本大使館1等書記官として勤務(岐阜県庁から出向)。広報文化班に所属し、主に日本文化普及のための文化行事の実施および日本とリトアニアにおける地方自治体、教育機関などとの文化交流等を担当。恵那市出身。50歳。

「ふるさとへの便り」一覧