ジャポネス・ガランチード 岐阜からブラジル移民100周年

(4)県人会に恩返しを

県農業高生、派遣事業で海渡る
写真:(4)県人会に恩返しを

4カ月の長女を抱く林みちこ。「ブラジルに恩返ししたい」=加茂郡八百津町久田見、岩平茶園

 ブラジルに渡った県民の心のよりどころになったのがブラジル岐阜県人会だ。1938年発足の同会は今年75周年を迎える。

 県が87年に作成した冊子「ぎふ海外移住の歩み」によると、岐阜県からブラジルには戦前352家族1681人、戦後から80年までは491人が移住している。59年にはサンパウロ州に通称「岐阜県村」という農地の建設も始まった。

 県人会に現在登録されている会員数は約350家族の約1500人。歴代の会長にはアマゾンなどで35年間も巡回診療を続けた医師、細江静男(1901〜75年、下呂市出身)ら、ブラジルで活躍した人も少なくない。

 岐阜市出身で現在の会長、山田彦次(75)は「われわれには岐阜県から来た岐阜県人としての誇りがある」と力強く話す。

 ブラジルは多民族社会。日系人は150万人と海外では最大の日系社会だが、人口約1億9800万人のブラジルでは1%にも満たない。

 21歳で移住し、半世紀以上を過ごした山田は言う。「日本人は外国に住んだからといって、外国人になるわけではない」。欧州系の多いブラジルの中で、日本人としての心を持ち続けること。それが成功するために必要だと考えている。

 県人会は8月25日、サンパウロで100周年の記念式典を開く。岐阜県からも多数の関係者が訪れる予定だ。

 県人会があることで続いてきた県の事業がある。県農業高校生海外実習派遣事業だ。78年に始まり、毎年ブラジルに県内の農業高校の生徒を派遣する。昨年度までに348人の高校生が海を渡った。県人会が長年ホスト役を務めている。

 加茂郡八百津町久田見で岩平茶園を家族と営む林みちこ(30)は、加茂農林高校3年生だった2001年に参加した。

 衝撃だった。ブラジルの農園は地平線が見えた。移住した人たちは温かくて、一緒にいると心地よくて、それでもどこか日本に帰りたくて寂しそうだった。農園も人の心も、とにかく大きかった。

 岩平茶園には祖父が切り開いた約1・5ヘクタールの茶畑がある。できるだけ農薬を使わないようにしている。その分、管理は大変だ。夏は毎日草刈り。虫は手でつまんでいる。

 なんでこんなに大変なんだろう。落ち込むとブラジルを思い出す。「日本の裏側で頑張っている人がみえる。あの人たちに比べたら、これぐらいへっちゃらや」

 最近、県人会からお茶の注文が入った。100周年記念式典で出すという。精いっぱいつくることが県人会への恩返しになるはず。ブラジルの恩人を思い浮かべながら、八百津の山の茶畑で働いている。

(敬称略)