ジャポネス・ガランチード 岐阜からブラジル移民100周年

第2部 マルセロ(9) 支援する側へ成長

NPO設立、ルーツ知ってもらう取り組み 
写真:"国際ボランティア学会からNPO法人「こんぺいとう」への表彰状を受け取る渡辺マルセロ=今年2月、名古屋市千種区、愛知淑徳大学"

国際ボランティア学会からNPO法人「こんぺいとう」への表彰状を受け取る渡辺マルセロ=今年2月、名古屋市千種区、愛知淑徳大学

 渡辺マルセロ(34)は来日してから高校を卒業するまで、敏行(としゆき)と呼ばれていた。祖父が付けてくれた通称だ。

 社会人になって日本国籍を取得した。選択を迫られた。名前だ。「敏行」にすることもできたが、あえて「マルセロ」を選んだ。

 岐阜大学を休学していたとき、ブラジルに1カ月ほど帰省した。1991年に来日して以来、約10年ぶりの古里で、マルセロは自分のルーツを再発見した。久しぶりに会う親戚はお互い助け合い、仲良く暮らしていた。会えば誰もが抱擁を交わした。やっぱり自分はここで生まれた人間なんだな、と実感した。自然にマルセロを選んだ。

 時々、名前だけを見た人から「日本語分かる?」と聞かれる。「面倒くさいこともあるけど、それも含めて背負っていく」。外国にルーツがある日本人。そんな自分と家族、ブラジルと日本を誇りに思っている。

 マルセロの周りには教職に就く人が多い。中学高校では恩師と呼べる人たちと出会い、大学では教員免許も取った。親友は中学校で教壇に立ち、実は妻も教師だ。勉強しろ勉強しろ、と口酸っぱく言い続けた母は今、美濃加茂市の小学校で通訳をしている。

 恩師たちは彼に教師になることを期待した。後に続く日系ブラジル人の子どもたちを教え導くには最適だから。マルセロは選ばなかった。人に教えるより自分が学ぶ方が楽しいタイプだと思ったからだ。

 今、教師とは違う方法で次の世代に道を示そうとしている。昨年5月、NPO法人「Mixed Roots×ユース×ネットこんぺいとう」を立ち上げた。

 外国籍の高校生向けに大学への見学ツアーを組んで進学をイメージさせたり、岐阜県からブラジルへの移民100周年の記念誌を作って、自分たちのルーツを知ってもらう取り組みをしている。支援される側から支援する側へ。今、成長の時を迎えている。

 マルセロは時々、想像する。ひょっとしたら全然違う人生があったかもしれないと。もし、熱心に教えてくれる先生や友達と出会わなかったら、勉強していなかったら。ブラジルに帰っていたら。

 でも、そんな想像に意味はないこともよく知っている。偶然の出会いや何気ない一言。それらがそのとき心を深く打ったから、無数の選択肢の中から、今岐阜にいることを選んだのだ。妻と子どもがいて、住宅ローンだって抱えている。遠いブラジルから来て彼は普通の隣人になった。21世紀を生きる日系ブラジル人系岐阜県人だ。

(敬称略)

 =第2部おわり。第3部は9月に掲載の予定です=