ジャポネス・ガランチード 岐阜からブラジル移民100周年

第3部(1) 県人会の人々

日本との絆を胸に 5世6世も誕生、夢追い掛ける
写真:「充実した毎日」と話す小瀬真澄さん、斐佐子さん夫妻

「充実した毎日」と話す小瀬真澄さん、斐佐子さん夫妻

 ブラジルで岐阜にルーツを持つ人は1万4、5000人との推計がある。移住開始から1世紀。今、5世、6世が生まれている。

写真:「岐阜とのつながりをどう生かすか」と話す山田彦次さん

「岐阜とのつながりをどう生かすか」と話す山田彦次さん

 高山市出身の小瀬真澄(89)、斐佐子(87)夫妻は1953年、ブラジルに渡った。戦後最初の移民。

 高山市内で郵便局長をしていた小瀬の父がどうしても行く、と言い張った。当時、移住には一家で最低3人の働き手が必要だった。父は真澄夫妻に一緒に行くよう求め、「お前がどうしても反対するなら、名誉の自殺をする」と迫った。出発前、岐阜市司町にあった旧県庁で知事に激励会を開いてもらった。

写真:「日本で勉強したい」と夢を語る山田大吾さん、中田・カズオ・ネルソンさん、エイジさん、林達也さん(左から)

「日本で勉強したい」と夢を語る山田大吾さん、中田・カズオ・ネルソンさん、エイジさん、林達也さん(左から)

 ブラジルでは農業、日系人向け新聞社の記者、旅行社経営を手掛けた。県人会の会長も務めた真澄は「今年でちょうどブラジル60年。充実していた」と胸を張る。

 8月にサンパウロで開かれた岐阜県人ブラジル移住100周年記念式典で、県から表彰された安田正子(82)は父が関市出身。ブラジルで生まれたが、県の事業で研修に訪れる農業高校の生徒らを別荘でもてなしている。「岐阜とは父の代からつながっている」と話す。

 「日本にルーツがあることはかっこいい」。そう話す若い世代も。中田カズオ・ネルソン(23)、弟のエイジ(21)、林達也(19)、山田大吾(19)は岐阜にルーツのある2世、3世。カズオは13歳のころ高山市でホームステイをしてスキーをしたことが忘れられない。「ブラジルよりずっと発展している」。日本は憧れの地という。

写真:「日本の素晴らしさを次の世代に伝えていきたい」と話すマルセロ・タケダ・オオノさん(左)と妻のマリナ・アキエさん(右)。真ん中は長男のビクトル・ユウキちゃん

「日本の素晴らしさを次の世代に伝えていきたい」と話すマルセロ・タケダ・オオノさん(左)と妻のマリナ・アキエさん(右)。真ん中は長男のビクトル・ユウキちゃん=いずれもブラジル・サンパウロ

 エンジニアのマルセロ・タケダ・オオノ(35)は曾祖父母が関市出身。長男のビクトル・ユウキ(2)は5世に当たる。曾祖父母の子孫は日本や南米に約4百人いる。妻のマリナ・アキエ(38)は「できれば子どもには日本に留学してほしい」と期待する。

 ブラジルには、岐阜とつながりのある人たちが確かにいる。ただ、何もしなければ消えてしまう。ブラジル県人会の会長を20年以上務める山田彦次(75)は、そう危惧する。「岐阜県と県人会が本店、支店の関係で交流できれば一番いい。だが、ただの交流だけでは長続きしない」。絆をどう生かすか。次の手を考え続けている。

(敬称略)(馬田泰州が担当します)