リオデジャネイロオリンピック
中川走り切った さくらJ主将 「東京」次代に託す
2016年 8月15日
写真:中川走り切った さくらJ主将 「東京」次代に託す

ホッケー女子オーストラリア戦で、攻め込む中川未由希選手=リオデジャネイロ(共同)

 【リオデジャネイロ=本社・富樫一平】リオデジャネイロ五輪第9日の13日、ホッケー女子「さくらジャパン」は、豪州に0−2で敗れ、1次リーグ1分け4敗の5位に終わり、決勝トーナメント進出はならなかった。

 夢舞台は残念な終幕だったが、王国岐阜だけでなく日本女子ホッケーの象徴MF中川未由希選手(29)=ソニーHC=は完全燃焼した。リオデジャネイロ五輪「さくらジャパン」は13日の1次リーグ豪州戦に敗れ、姿を消したが、歴代の先輩から引き継いだ主将の重責を背負って走り続けた中川選手にとってこの4年間は、試合後に代表引退を明言するほど充実した時間だった。「予選で終わるつもりはなかった。だってこのチームがすごく好きなんですよ、本当に」。言葉を絞り出した時、目にうっすらと光るものがあった。

 2012年ロンドン五輪後のリオに向けた新たな代表選考。山本由佳理さん(35)=現ソニーHC監督=ら上の世代が次々と代表を外れ、主将にはいつの間にかベテランになっていた中川選手が自然に選ばれた。

 高校生だった04年のアテネから3大会連続出場の輝かしい経歴を持つが、元来、中心に立ってチームをまとめるのは苦手な性格。主将の経験は全くなかった。「果たして自分に主将が務まるか、何度も自問した」と言う。

 「私なりの主将像を追い求めればよい」と割り切れたのはようやく今年に入ってから。みんなでお茶を飲みながら悩みなどを話す雰囲気づくりに努めた。3月に若手のFW永井友理選手(24)=レアル・ソシエダ=らが副将になり、「世代間の風通しが良くなった」(中川選手)ことも好材料に。4月の国際大会では準優勝するなど結果も上向いてきた。

 中川選手が代表入りしたころの主将だった三浦恵子コーチ(41)=川崎重工=は「仲間との調和を図るタイプ。遠慮しがちで物足りない部分はあるかも知れないが、それもたま(中川選手)なりの主将」と評価。高校の同級生・林なぎさ選手(29)=ソニーHC=も「代表を家族のように感じているはず。家長としてこの1年、急に頼もしくなった」と目を見張る。

 世界の舞台で、力不足を実感しながらも走り切った。「この経験をともに戦った次の世代に託したい」。中川選手が視線を向けた1人、MF永井葉月選手(21)=同=は「この悔しい思いを4年後につなげ、東京五輪で今度こそメダルを取る」と誓った。中川選手の思い、すなわち歴代の主将の思いがまた、継承された。

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