水と共にある美濃焼の製造工場。土と火の工芸も実は成形や釉薬に水が欠かせない=多治見市星ケ台、丸朝製陶所

 岐阜のタカラ、それは「職人が多いところ」「世界に通用する技術があるところ」という。確かに、岐阜県は製造業が盛んな“ものづくり県”だ。でも、なぜ盛んになったのだろう。

 やはり、ここでも水が大きく関係していた。例えば陶磁器。岐阜県が世界に誇る土と火の工芸、美濃焼も水が育んだタカラだ。

 多治見市星ケ台の丸朝製陶所。原料となる陶土を土練機の中に入れると、にゅるりと円柱状になって出てきた。しっとりと湿っている。「ちょうど良い柔らかさになるように水を加えている」と松原朝男会長。水を含んだ陶土にローラーを当てると、見る見るうちに器の形に変形。素焼きした器は鉛白色の水の中をくぐっていく。釉薬(ゆうやく)だ。

 土と火のイメージが先行し、当たり前すぎる水の存在を忘れていた。松原会長は「水がなければ成形できない。陶磁器産業に水は不可欠」と話す。一方で、焼成は水分を飛ばして乾燥させてから行う。水を含むと亀裂が入ったり割れたりしてしまう。「ある意味、水との闘いだな」と、製陶の妙味を語る。

 美濃焼と水とのストーリーはまだ続く。陶土そのものが、水によって生み出された。陶土などの製造販売を手掛けるマルイクレイアンドセラミックス(同市小泉町)の伊藤眞一郎社長が解説する。

 「数百万年前、この地域に東海湖と呼ばれる巨大な湖があり、その湖底に粘土がたまった。それが、今の美濃焼の原料。世界最高の粘性を持つ白い粘土で、県内では恵那市山岡町原で良質なものが採れる。白い粘土でこの粘性を出せるものは世界に例がない」

 飲食器や洗面台、トイレといった衛生陶器に不可欠な白い粘土。マグロなら大トロで、世界も欲しがる希少な粘土だという。

 伊藤社長によると、美濃焼の原料になる粘土のほとんどが、花こう岩に由来している。粘土が白いのは花こう岩由来だからだ。太古の昔に地表に出てきた花こう岩層が風化し、雨や川の水にさらされることでアルカリ成分が抜けて粘土になった。そうした粘土は通常なら川が海に流してしまうが、東海湖が受け止め、熟成させ世界最高の白い粘土をもたらしたという。

◆中性の軟水で高い生産力

 世界に誇る陶磁器産地になった理由は、陶土の存在だけではない。やはり、岐阜県の水も後押しした。海外ではカルシウムなどを含む硬水が多く、アルカリ性寄り。化学反応を起こして土が乾きにくいが、岐阜県の水は軟水で中性なので乾きやすい。「水のおかげで生産力が海外の産地より3~5倍高い。この水だから作れる形状もある」と伊藤社長。「陶土も水も、まさにタカラ。空気のように豊富にあったので何にでも使ってきたが、これからは差別化を図りながら大事に使いたい」と話す。

 美濃焼を例にしたが、美濃和紙と、それを素材にした和傘やうちわ、ちょうちん。そして染め物といった岐阜県の伝統工芸品。これらも水があって生まれた。飛騨地方の木工産業の原点となる「飛騨の匠(たくみ)」も、水が育てた広大な森林資源があったからこそだろう。

 関市の刃物産業につながる伝統的な作刀も、仕上げの焼き入れで熱した刀を水の中に入れて急冷。強度を高め、そりを出す。豊富な水に加えて、河川で川砂鉄が採れたことも関を刃物のまちに育てた。さらに岐阜県の川の流れは電気を生産し、製造業を育て、電気鉄道をも走らせた。紡績産業でも大量の水が使われ、その発展は現在の岐阜県の工業化につながった。

 そして美濃焼をはじめとするこの地の工芸品は戦国武将たちも愛用し、この地から天下を目指した。