たい亭あたりの「おきらくご」
写真:灰松 vs 千兵衛

灰松  vs 千兵衛

 金神社から降りてきた神は、駅前にあくびをしながらやってきた。久しぶりの下界が珍しいのか金の信長像を珍しそうに一瞥(いちべつ)し、じゅうろくプラザホールのバックヤードで一夜を過ごした、と誰かが言った。

 予選を勝ち抜くことができなかった学生たちの声が一晩中なりやまぬ柳ケ瀬や玉宮の喧騒(けんそう)が我慢できなくてここに来たのだとの声も聞こえた。もちろんどちらも確かな証拠はないけれど、翌日の決勝の舞台に神がいたことだけは事実だった。

 1回戦第4試合、永福亭灰松 vs ながら家千兵衛。前の3試合が「どちらが勝つかわかない」的な下馬評だったのに比べ、今年でてんしき杯5回目の出場、今年の策伝大賞ファイナリスト対千兵衛なら、全国の学生たちが普通に灰松の勝利をイメージしていたはずだった。

 例えていえば一昔前の大相撲、曙 vs 舞の海ぐらい力量差があるだろうと私も思っていた。特に千兵衛が過去、斬新な発想力をもちながら、決勝に全く届かなかった理由であるところの「早口で聞き取りづらい」欠点は容易に直るものではない、であれば灰松が圧倒するだろうと予想していた中で二人だけ、なぜか千兵衛の勝利を普通に予想していた岐阜大の学生がバックヤードに2人。それもそのはず、バックヤードで寝ていた神様がこの時に、「テケレッツのパ」とこの2人の頭の中に入りこんでいたからである。そして2人の思考を司るとすぐに、先の灰松の完璧に計算された高座の後に、破れかけた着物で高座にあがっていく千兵衛の中に、神はすっと入っていったのだった。

 私は立会人だから、舞台そでで千兵衛の高座を聞いていたのだが、最初から何かがおかしかった。その違和感が何であるかはすぐにわかった。千兵衛の声が、小さくない、そしてメリハリがある。何よりいつもの早口じゃない … いや、早口なんだ。やっぱり早口なんだけど、ぎりぎり、中身がわかる早さなのだ。こんな千兵衛、聞いたことない。おい、うそだろ。観客がざわめきだした。

 予期せぬ角度から飛んでくるトリッキーな動きのボクサーのように、観客に的確にジャブを繰り出し、時には見事にカウンターパンチを当てる。蝶のように舞い、蜂のように刺すといわれた伝説のボクサー、モハメド・アリのように。なんだなんだ。これが千兵衛か。観客が千兵衛の次の一言に期待し、その期待にきちんと応える言葉を繰り出す。死神という聞きなれた噺(はなし)のあちこちに、無数の小ネタをはさみながら。

 そこには確かに「死神」になることを拒否し、千兵衛の体を借りて目いっぱい自己主張をした金神社の神の姿があった。そして、体を貸した千兵衛の一世一代の高座の前には、落研学生史上最高頭脳の持ち主といえどなすすべがなかった。

 「6対1」。圧倒的な票数で、千兵衛の一度目の奇跡が、現実となった。

 これはフロックか実力か。俄然(がぜん)、千兵衛の次戦に学生の目が注がれることに。ここからいよいよおもしろくなっていくのでありますが… お時間でございます。

<つづく>

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