ED17との再会

鉄道博物館に展示されているED17 1ED17のナンバープレート。「甲」の札は、甲府機関区を示す

 昨年10月に埼玉・大宮に出来た鉄道博物館。このブログでも何度か紹介しています。
 今回は、展示されている車両の中から、電気機関車「ED17 1」を紹介します。

 このED17、個人的に思い出のある車両です。

 ED17は、1923(大正12)年にイギリスで製造、輸入、1930(昭和5)年に改造した、旧国鉄の電気機関車。

 もともと東海道線の電化のために輸入されたものを、急勾配が続く中央線新宿-甲府間に転用するため改造したもの。
 
 そのなかでも1号機は、70(昭和45)年の廃車後に、甲府市の舞鶴城趾公園で保存されていました。
 保存場所だった舞鶴城趾公園は、その名の通り城跡なのですが、この城郭を発掘し再整備するという動きが起こり、やぐらや石垣などが整備されました。城跡に機関車は似合わないというわけではないのでしょうが、保存場所を明け渡すことに。

 97(平成9)年に大宮のJRの工場へ運ばれ、現在は鉄道博物館に収蔵されています。

 自分が甲府に居たのは、90年代の後半。
 ED17が甲府に保存されていることを知ると、甲府駅を跨ぐ陸橋から舞鶴城趾公園へ。色あせ、朽ちかけていた車体を見て、「解体」の2文字が頭に浮かんだのですが、移設されると知って一安心したのを覚えています。

 そして、鉄道博物館が開館。自分が同館で最も見たい車両が、このED17 1でした。

 雑踏の中、新車同然にピカピカになったED17の前で、しばし見とれていました。

【写真1】鉄道博物館に展示されているED17 1
【写真2】ED17のナンバープレート。「甲」の札は、甲府機関区を示す

カテゴリー: 博物館, 鉄道   作成者: 広瀬 丈士 パーマリンク

広瀬 丈士 について

ぎふチャン報道制作局記者。 2013年4月まで岐阜新聞可児支局長。その前は編集局メディア・システム部、整理部にいました。 無類の鉄道・バス好き。 岐阜県内を中心に、鉄道やバスの話題、見どころ、楽しみ方を紹介していきます。その他、取材でのこぼれ話も紹介できるかも?

4 thoughts on “ED17との再会

  1. 昨日、初めて鉄道博物館へ行って来ました。
    行きたくて行きたくてしょうがなかったのですが、この時期になりました。

    このED171とは、実に38年ぶりの再会です。
    私が子供の頃、身延線で貨物列車を引き、
    甲府駅構内で、時々貨車の入れ替えをしていました。
    廃車後すぐ、ピカピカの状態で舞鶴公園に保存されました。

    決してカッコいい機関車ではないのですが、なんだか存在感のある機関車。
    時が経ち、まさか鉄道博物館で展示されるとは・・・うれしかったです。

  2.  しまさん、コメントありがとうございます。

     自分が甲府にいたころには、甲府駅構内の貨物扱いや機関区などの施設は姿を消していました。

     自分は、ED17からは力強さを感じます。

     鉄道博物館は、ちょうど開業1周年ですね。人が少なそうなときに再訪しようと考えているのですが、未だ果たせません。
     

  3. ED17が廃車された1970年、私は小学校5年生でした。

    当時暇さえあれば甲府駅に出向き、入場券を片手に様々な機関車や電車を見ていました。

    特に楽しみだったのは、電気機関車の付け替え作業。
    新宿~松本・長野間の中央線全普通列車は、甲府駅で機関車の交換をしてたのです。
    牽引機はEF13で、冬は暖房車が連結され煙をもくもく出していました。

    他に、中央線の貨物列車は、ED61、EF64。
    身延線の貨物列車はED17。廃車後はEF10。
    構内貨物入替機関車は、C12蒸気機関車。廃車後はDD13。

    あの当時はとても活気のある駅でしたが、機関区がなくなり寂しい限りです。

    1979年に甲府から離れ、現在は東京に住んでいます。
    甲府を離れてから、機関区がなくなりました。

    書いていて、とても懐かしい記憶がよみがえってきました。

  4.  「百聞は一見にしかず」と言いますが、実際に見られた方の話は貴重です。

     70年代の甲府駅の様子、頭の中に浮かんでくるようでした。

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