『可児市史』第3巻 通史編近・現代

平成22年の日本ライン今渡駅。自動改札完備のバリアフリー構造。だけど無人駅=2010年10月21日かつてバスターミナルも備えた日本ライン今渡駅の駅ビルはすでに取り壊され、更地となっている。末期色もといまっ黄色の外来植物が花を咲かせていた=2010年10月21日

 可児市が10年にわたり編さんを進めてきた市史が、このたび発刊された「第3巻 通史編近・現代」で全6巻が完結しました。

 近いうちに紙面でも紹介しますが、なぜブログで先に書くか。
 近・現代ということは、明治時代から現代(兼山町と合併した平成17年)までが対象。
 この地域の産業や教育、暮らしなど幅広い分野の記述があります。

 その中に、大正7年に太多線の前身となる軽便鉄道が開業して、それ以降の変遷や経過なども詳細に記してあるわけです。
 また、バスについての項目もあって、現在熟読中です。

 写真についても、貴重な写真が多く出てきます。また、別冊の年表もあり、名鉄でいえば昭和44年の開業当初の、のどかな西可児駅に停車する5000系(今のリサイクル銀電ではなく、SR車の方)や昭和52年に完成した日本ライン今渡駅の駅ビル(バスターミナル併設)などが載っています。

 「隔世の感」とはまさにこのことで、西可児駅は団地の開発で利用者急増、今では市内有数の主要駅になっています。一方で日本ライン今渡駅は無人化、駅ビルの跡地は更地というありさま。

 それはともかくとして、可児の街は、きのうも、きょうも、明日も、少しずつ変わっています。その中で、新聞という媒体を通じ、後世に記録を残していっているのだなと、改めて感じている次第です。

【写真1】平成22年の日本ライン今渡駅。自動改札完備のバリアフリー構造。だけど無人駅=2010年10月21日

【写真2】かつてバスターミナルも備えた日本ライン今渡駅の駅ビルはすでに取り壊され、更地となっている。末期色もとい真っ黄色の外来植物が花を咲かせていた=2010年10月21日

カテゴリー: 可児管内,   作成者: 広瀬 丈士 パーマリンク

広瀬 丈士 について

ぎふチャン報道制作局記者。 2013年4月まで岐阜新聞可児支局長。その前は編集局メディア・システム部、整理部にいました。 無類の鉄道・バス好き。 岐阜県内を中心に、鉄道やバスの話題、見どころ、楽しみ方を紹介していきます。その他、取材でのこぼれ話も紹介できるかも?

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