「御嵩あかでんランド」を見てきた

名鉄広見線の線路脇で見かけた「御嵩あかでんランド」のかかし=2016年9月24日、名鉄明智駅近く

名鉄広見線の線路脇で見かけた「御嵩あかでんランド」のかかし=2016年9月24日、名鉄明智駅近く

先日の「鉄道の日に合わせて書きたかった」話です。

9月24、25日に名鉄広見線の明智~御嵩間で繰り広げられたイベント「御嵩あかでんランド」の様子をのぞいてきました。

名鉄広見線の新可児~御嵩間を活性化させようというイベントで、御嵩町の住民や職員の皆さんがアイデアを出し合って各種のアトラクションをつくりあげていったものです。

もちろん、私は電車に乗って出かけたのですが、親子連れが途中駅相互で乗り降りしていくという姿が印象的でした。

ちょっと前の話。
私が可児支局にいた時分も、何とかこの区間の利用を増やそうと、いろいろな立場の人がいろいろな知恵を出し合っていました。

私も地元紙の記者として、そういった動きをできるだけ細かく紹介していましたし、このブログでも発信していました。

で、今回のイベントの話ですが、私は「地元の皆さんで、電車の楽しみ方を見つけ広めたもの」ととらえています。

私もこのブログで、一種の楽しみ方を紹介しようと思っていたのですが、どうしても「6009編成が日中走っていた」とか「非ワンマン車が代走で走った」とか、そういう方向に行きがちでして…

今回のイベントでは、例えば電車と競争してみたり、鉄橋の下に寝転がって真上を走る電車を見たりと、多くの人がアトラクションのアイデアを出し合ってつくりあげました。

また、当日は沿線の田んぼに歓迎のカカシが立っていたり、、駅を出る電車に手を振って見送ったりと、町の皆さんらによるおもてなしの気持ちを随所に感じることができました。

私は、地域の鉄道というものは、その土地の先祖が残してくれた財産だと考えています。
広見線の新可児~御嵩間でいえば、多治見から御嵩まで線路を引こうと、会社を興して線路を引いた人たちがいました。
その線路は、線路の幅が変わったり、広見の駅の場所が変わったり、路線が国鉄(→JR)太多線と名鉄広見線に分かれたりといった変化をしながら今に至っています。

この土地に鉄道を維持できるだけの人がいる限り、この財産を子孫に引き継いでいきたいものです。
(「人口減少時代における社会資本のあり方」もまた考えなければいけないんですが、その話はここでは置いておきます)

こんなことを、御嵩で見たことと「鉄道の日」に合わせて考えていました。

ま、小難しい話は置いておいて、「乗り物に乗って出かけることはいいぞ」という話、でもあります。

【写真】名鉄広見線の線路脇で見かけた「御嵩あかでんランド」のかかし=2016年9月24日、名鉄明智駅近く

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