金華山の中腹に建物か 巨大石垣群を発見

2018年05月10日 07:49

  • 岐阜市の金華山中腹で発見された石垣。岐阜城で確認されている石垣の中では最大の大きさ=9日午後 
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 岐阜市は9日、岐阜城がある金華山(329メートル)の中腹で巨大な石垣群を発見した、と発表した。石垣の上には、山頂近くの天守に次ぐ建物があったと推測される。石垣は戦国時代に岐阜城を居城とした織田信長が築いたとみられ、建物は信長の嫡男・信忠の居場所と市教育委員会はみている。これまで岐阜城は、天守と山麓にあった信長の居館の2層で構成されていると考えられてきたが、中腹の建物と石垣も含めた金華山全体を城に見せた可能性があり、「信長らしい城づくりが浮き彫りになった」と専門家は語る。

 市教委によると、石垣群は天守から北西の尾根上の標高145~160メートル付近で確認された。石は大きいもので長さ2・7メートル、高さ60センチ。岐阜城でこれまでに確認された石垣では最大で、信長が権力を誇示したものとみられる。1~3段に組まれ、総延長は38メートル。

 市教委の内堀信雄歴史遺産活用推進審議監兼社会教育課長は、石垣の上の建物は天守に次ぐ役割があり、「天守は信長の居場所で、中腹は信忠の居場所だったのでは」との見方を示している。

 一方、滋賀県立大の中井均教授(日本城郭史)は石垣の上には2階以上の重層建物があったとみており、石垣のあった平たん地は住むには狭いと考えられるため、「居住目的ではなく、城下から見える場所に巨大な石垣とともに『見せる意識』で建てられたのでは」と話す。

 また、山麓付近の標高45~65メートルにある赤ケ洞の谷筋で、新たに巨大な石を組み合わせた石組みも発見された。総延長は約50メートルあり、石の大きさは2メートル以上。

 谷川の両側に平地を作り、巨大な岩が人工的に組まれていたため、景色を楽しむために造られた庭園の一部とみられるという。信長の居館に似た施設が、金華山にもう一つ別にあった可能性が出てきた。江戸時代の文献にある信長の孫、秀信の居館とみられる。市教委は「岐阜城の概念を再検証する必要がある」と話している。

 柴橋正直市長は今回の発見を「確実に岐阜城の価値を高めてくれる。石垣を多くの人に見てもらえるよう保護と活用法を考えたい」と語った。市は今月20日、一般向けに現地で見学会を開く。


カテゴリ: くらし・文化