写真家「カズ」8度目W杯へ FC岐阜公式カメラマン山田さん

2018年06月14日 08:45

FC岐阜の公式カメラマンを務める山田一仁さん。8度目のW杯撮影を前に「記憶に残る写真を撮りたい」と話した=今月2日、岐阜市長良福光、長良川競技場

FC岐阜の公式カメラマンを務める山田一仁さん。8度目のW杯撮影を前に「記憶に残る写真を撮りたい」と話した=今月2日、岐阜市長良福光、長良川競技場

 岐阜市出身のフォトジャーナリストで、サッカーJ2・FC岐阜の公式カメラマンを務める山田一仁(かずひと)さん(61)=名古屋市=が、14日に開幕するワールドカップ(W杯)の撮影のため、モスクワ入りしている。8大会連続で取材するベテランで、海外での呼び名は「カズ」。挑戦を見続けてきた日本代表には「死に物狂いのプレーで、見る人を感動させて」と期待する。

 山田さんは1981年の大学卒業後、8年間の文芸春秋勤務を経てフリーランスに。ベルリンの壁の崩壊前に駆け付け、紛争下のチェチェンの人々にカメラを向けるなど海外取材の経験を重ねた。英国に拠点を置き、イングランド・プレミアリーグや欧州サッカーの撮影も続けてきた。

 初のW杯は90年のイタリア大会にさかのぼる。独立直後で取材パスが確保できなかった代わりに、ルーマニアの公式カメラマンとして夢の舞台に立った。

 当時はチャウシェスク政権崩壊に伴う混乱で、同国サッカー協会にカメラマンを送り込む資金が無く、革命取材の案内役の若者が協会幹部を仲介してくれたのだった。経費は持ち出しだったが、合宿から密着して決勝トーナメントまで追うことができた。

 米国大会(94年)のアジア地区最終予選では、試合終了直前に失点した「ドーハの悲劇」で崩れる日本代表の姿を捉えた。初出場の98年のフランス大会、初勝利した2002年の日韓大会と日本サッカー史に残る場面を記録してきた。

 世界を股に掛ける活躍の傍ら、08年からFC岐阜の広報のための公式カメラマンを引き受けている。「地元のクラブだからね」。自身も高校、大学時代にプレーしてきた根っからのサッカー好きだ。

 今大会開幕を前に8日、日本とスイスの親善試合に赴いた。レンズ越しの西野朗監督は、強気の言葉とは裏腹に、打ちのめされたように見えたという。

 周囲の海外記者の下馬評は、1次リーグH組はコロンビアが最強だが、「何とか0-0で守り切って、残る2戦で勝利を」と決勝トーナメントに希望をつなぐ。「日本のサッカーは進化してきた。でも、世界はもっと速く進化しているからね」

 モスクワには11日に到着。借りたアパートを拠点に日本戦3試合などに臨む。

 W杯取材は、長期日程に耐える体力や動きを捉える動体視力が求められる。還暦を過ぎ、「思った通りの写真が撮れるのは、今大会か次回が最後かな」と漏らしながらも、「それだけに、記憶に残る写真を撮りたいよね」と意欲は衰えない。

 今大会の写真は、雑誌「ナンバー」や「週刊文春」、ウェブのサッカー専門誌に発表する予定。


カテゴリ: FC岐阜 スポーツ 社会