戦後復興とともに70年 柳ケ瀬の老舗中華料理店閉店へ

2018年07月12日 08:53

「長く足を運んでくれたお客さんに感謝したい」と話す石渡祥議さんと妻浩子さん=11日午後、岐阜市神室町

「長く足を運んでくれたお客さんに感謝したい」と話す石渡祥議さんと妻浩子さん=11日午後、岐阜市神室町

 岐阜市の柳ケ瀬商店街にある創業70年の中華料理店「北京」(同市神室町)が13日に閉店する。店主の石渡祥議(いしわた・よしのり)さん(80)の父勇さん(故人)が中国・大連から引き揚げ後に開業し、本格中華を追求してきた老舗だが、店舗が高島屋南地区の再開発事業の対象地域となった上、石渡さんが体力的にも限界を感じ、閉店を決意した。

 石渡さん一家は勇さんの仕事の関係で大連に渡ったが終戦後、石渡さんの母の実家のある岐阜市に引き揚げた。当時、一家を含む引き揚げ者の多くは貧しく、現在の金公園にバラックを建てて暮らした。勇さんは飲食店で身を立てようと、運良くメリケン粉が手に入ったことを機に中華そば作りを開始。近所の引き揚げ者の女性たちにアドバイスを求めながら本場の味の研究を重ね「北京横丁」として店を構えた。その後に今の場所に移転し、現在の店名に変更。石渡さんも父が磨いた味を引き継いできた。

 「昔は映画館や劇場の行き帰りのお客さんが夕方から夜中までひっきりなしに訪れていた」と石渡さん。「長良川の花火大会の日は店を閉められないほど客でごった返した」と懐かしげに振り返る。

 本場に倣ったニンニクを使わないギョーザ、特注のオーブンで焼き、パリっとした食感が特徴の北京ダック、鶏をハスの葉などで包み焼きした「教化鶏」などは人気メニューとして定着し、大勢の市民の腹を満たした。

 妻の浩子さん(75)は別の場所で営業したい気持ちもあるが「年齢的にも体力的にも限界。新たな設備投資も難しい」と店の歴史にピリオドを打つ決断をした石渡さん。「長年、足を運んでくれたお客さんへの感謝に尽きる」と話す。12、13日は、既に予約した客のみを対象に営業する。


カテゴリ: くらし・文化