凌霜隊、軍服姿の写真発見 新政府軍と戦った旧郡上藩士

2018年07月24日 09:03

見つかった軍服姿の坂田林左衛門と妻の写真

見つかった軍服姿の坂田林左衛門と妻の写真

 明治150年、幕末の実像が郡上によみがえる-。旧郡上藩の江戸藩邸にいた藩士でつくり、戊辰戦争(1868~69年)で新政府軍と戦った「凌霜隊」。戊辰開戦から150年の今年、副隊長・坂田林左衛門(りんざえもん)の軍服姿の写真が見つかった。隊員の軍服写真の発見は初めて。生き残った林左衛門の幽閉生活の様子を伝える資料も見つかり、同隊の新たな実像を浮かび上がらせている。

 見つかったのは、陣頭指揮に使う采配を手にする軍服姿の林左衛門の写真。隣に妻の姿があり、江戸を出発する直前に撮ったとみられる。長野県軽井沢町に住む子孫が保存していた。

 子孫から写真の分析を託された地域史家の高橋教雄さん(73)=郡上市八幡町=は「凌霜隊がどういう軍服だったのかが明らかになった貴重な1枚。采配を持っていることから、実質的に隊を指揮していたのは17歳の隊長ではなく(52歳の)林左衛門だったことが読み取れる」と話す。

 また、林左衛門の孫が同家に伝わる史実として書き残した「手記」も見つかった。郡上で幽閉生活を送る中で、若い元隊員が反乱を起こそうとしたときに林左衛門が説得したことなどが記されている。高橋さんによると、戦闘の手記は他の隊員が残したものもあるが、謹慎中の心境などを伝える隊員の資料は初めてという。

 一方、凌霜隊に光を当てようと、郡上八幡産業振興公社(郡上市八幡町)は「凌霜150」プロジェクトを企画。第1弾として、高橋さんが2015年に自費出版した本「郡上 凌霜隊」の再版に向けてクラウドファンディングによる出資を募っている。高橋さんが13~14年に岐阜新聞に寄稿した連載「郡上藩凌霜隊」をもとに執筆。今回の資料についても新たに加筆する。再版は千冊で目標金額は80万円。募集期間は9月28日まで。

 【凌霜隊(りょうそうたい)】 「凌霜」とは霜を凌(しの)いで咲く菊のような不撓(ふとう)不屈の精神を表す言葉。旧郡上藩青山家の家紋である青山葉菊に由来する。朝比奈茂吉を隊長に45人で構成。戊辰戦争で、脱藩し幕府軍として会津若松城で会津藩白虎隊と共に戦い、敗れた。生き残った隊員30余名は郡上に戻ったが、郡上藩は新政府側についており、幽閉された。後に赦免(しゃめん)されたが、多くは郡上を離れた。


カテゴリ: 社会