介護現場にもユーモア 阿川佐和子さん「ことことこーこ」出版

2018年10月10日 10:02

  • 小説「ことことこーこ」で描いた介護の実体験について語る阿川佐和子さん=東京都千代田区、角川第3本社ビル
 
  • 小説「ことことこーこ」 

 本紙夕刊で2016年12月9日から昨年9月30日まで連載した阿川佐和子さん(64)の小説「ことことこーこ」が9月末、角川書店から刊行された。2015年に父親で作家の弘之(ひろゆき)さん=享年94歳=を病院で看(み)取り、現在は認知症の母親の介護に奮闘中。重くなりがちなテーマの中にもユーモアを見いだしてちゃめっ気たっぷりにつづり、介護現場に共通する事件や悩みを絶妙な笑いに変えている。阿川さんに作品への思いを聞いた。

 夫と離婚し実家に戻った香子。心機一転、フードコーディネーターの仕事を始めて新しい人生を踏み出そうとした矢先、母・琴子が認知症になり、介護がわが身に降り掛かってきた香子の試行錯誤を描いている。

 「忘れ方が尋常じゃないぞ、とまず気づくのは本人。自分が壊れ始めていることに、恐怖と不安と怒りを覚えるんだと思う。認知症の初期ってみんな不機嫌。思い返せば母もそうだった」

 母親が心筋梗塞で倒れて入院し、その頃から物忘れも始まって大変だと母親にかまけていたら、同じ年に父親が自宅で転倒。けがと同時に誤嚥(ごえん)性肺炎も起こしていた。阿川さんにとって、これが介護の始まりだった。

 認知症の症状が進むにつれ、家族は転倒の危険があるからと本人に施設入居を勧めたり、台所を立ち入り禁止にしたりと対応する。危険を回避することはもちろん本人を守るためだが、危ないと思うことを全部禁止にしたら、本人の生きている意味を奪ってしまうのではないか。

 「介護する側は、本人の心が傷ついている、というところまでは便宜上考えたくない。不便でしょ」と指摘する。介護をされる側ではなく、ケアする側の都合に合わせ過ぎているのではないか、との自問から「介護される側の気持ちを書いてみたかった」。物語では琴子の視点で進むパートもある。物忘れが激しい自分を責める琴子のメモを、香子が見つけ、母の苦しみや悲しみを知る場面があるが「あれは実際にありました」と明かす。

 同じ話を繰り返すおばあさんを琴子が「だいぶぼけておいでだったわね」と判断し、自分のことはまともだと思っている場面は、第三者から見れば笑ってしまう。琴子と香子のやり取りは、勘違いや会話のかみあわなさが漫才のボケとツッコミのようだ。「琴子の明るいところは私の母そのものと言えます」。介護はつらく苦しいが、暗いことばかりではないと記し、介護者の心をふっと軽くしてくれる。

 一人で抱え込まない、あらゆる親切な人に頼るなど、介護者への助言もちりばめている。介護が始まった時に更年期障害も重なった。精神的にも不安定だしめまいもするし、毎日のイライラと不安をどうするか、と考えた時に「小さく解決していきましょう」と思い立つ。前髪がうるさい、と思って切り、太さを気にしている二の腕を夏は隠してきたが、ホットフラッシュの汗に耐えられず、ノースリーブを解禁。化粧が必要のない仕事ではノーメーク。原稿の締め切りを遅らせてもらうよう交渉したり、自分がちょっとずつ楽になることを一つ一つ積み上げていった。

 介護の現実が迫ってきた時に一生懸命頑張ろうと気張る人は多いが、「続けるうちに破綻する。自分が楽になる場所、ずるできる時間とか一つ残しておかないと、長期的介護はつらい」と提案する。「私は離職は反対ですね。その方が介護を続けられると思うんです。どうしても離職しなきゃいけなかったら、代わりに何か自分の居場所を見つける。私の場合はゴルフと食べることですね」

 阿川佐和子(あがわ・さわこ)1953年東京生まれ、慶応義塾大文学部卒業。執筆を中心にインタビュー、テレビなどで幅広く活動。99年「ああ言えばこう食う」(檀ふみとの共著)で第15回講談社エッセイ賞、2000年「ウメ子」で第15回坪田譲治文学賞、08年「婚約のあとで」で第15回島清恋愛文学賞を受賞。14年には第62回菊池寛賞を受賞。近著に「看る力」(文春新書)など。


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